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死んでも転生しなかった(2/2)
「環ってさ。恋人、いた?」
有の問いに、僕は少し口ごもった。
「う、ううん。全然そういう感じじゃなかった」
「俺も。両思いになりたい人はいたけど、全然。告白できなくて、ずっと友だち」
「切ないね」
「しょうがないよな。男友達を好きになったって、道はねぇもん」
有が足湯の中で蹴り上げるように足を軽く動かし、湯面が揺れる。
「え? 僕もだよ。ずっと一人だった」
僕もつられて打ち明けた。驚きと安堵が混じって、声が震えた。足湯の温かさが、心まで染みるみたいだった。
「マジか。こんなところで、感覚を共有できるやつに会えるなんて。死んでみるもんだな!」
有が笑って、僕を見た。
「うん。なんか新鮮だよ。なんか、急にほっとした」
僕たちは息を吐き、ゆっくりお茶を飲んだ。
しばらく霧にかすむ景色を見て、同時に互いの顔を見る。僕が笑いかけると、有は強いまばたきを繰り返し、すぐに目を細めた。その笑顔に、胸がどきどきした。
「い、いやいや、そんな」
胸を押さえる僕の隣で、有はお茶をがぶ飲みしていた。
「あ、ああ。気のせいだ、気のせい」
「そうだよね。僕たち急に打ち解けちゃったから。勘違いだよね」
足湯の中で足が触れ合って、僕たちは慌てて離した。
「お前、顔赤いぞ。湯に浸かりすぎか?」
「う、うるさいな!」
からかうような声に、僕も笑った。互いの方が触れ合う距離で歩き始めながら、僕らは話を続けた。猫は環境に慣れてきたのか、僕の腕から降りて、二人の足の間をじゃれながら歩いていた。
「ねぇ、環の初恋っていつ? どんな感じだった?」
「小学五年生の時。転校して、最初に声をかけてくれたやつ。一緒に帰ろうとか、遊びに行くから一緒に行こうなんて、声をかけてくれて。でも好きな女子がいるって打ち明けられてさ」
「つらかったね」
「ああ。男を好きになるって、こういうことなんだって思った。有は?」
「小学二年生の頃には、もう男子を好きになってたな。みんなはそうじゃないらしいって気づいたのは、三年か、四年くらい。女子と一緒に好きな男子の話をしてたら、男子に気持ち悪いって言われた」
それからも、僕たちはいろんな話をした。一里ごとに休憩しながら、18年の人生のほとんどは話したと思う。
49日は、思ったより長かった。
僕たちは人生をすべて振り返り、うれしいことも、楽しいことも、悲しいことも、悔しいことも、恥ずかしいことも、申し訳なかったことも、思い出した。
「道路に飛び出しちゃって、ごめんね。っていうのが、人生の総括かな」
「だな。でも環も俺も、いい人生だったよ。よくがんばった!」
有は立ち止まって大きく両手を広げ、ぎゅっと僕を抱きしめた。
「お前はよくがんばった! 死んでいい!」
その言葉に、僕は思わず泣いてしまった。泣きながら有を抱きしめた。
「有もお疲れ様。いっぱいがんばったね。死んでいいよ」
「ありがとう」
僕たち、死にたくなかったよね。もっともっと生きていたかった。いろんな思いがこみ上げて、二人で抱き合ってわあわあ泣いた。猫も僕たちの足に体を押し付けて、鳴き声を上げていた。
「でも、俺たちは死んでよかった。死ななかったら、会えなかった。猫もそう思うだろ?」
「にゃあ」
ひとしきり泣いて、互いの泣き顔を笑っていたとき、霧が晴れて目の前に山があらわれた。
「須弥山?」
「ぽいな」
人々は山に向かって歩いていく。
「ハーイ。永住、転生の手続きは山頂ダヨ!」
小鬼が元気よく案内しているが、山に近づくにつれ人々は戸惑い始めた。
山は水墨画みたいな急斜面で、簡単には登れそうになかった。
「有。ロッククライミングしたことある?」
「ない。装備もないのに、どうするんだろう」
試しに足をかけてみたけど、手をかける場所は見つからなかった。
「物事は一面から見るだけじゃ、ダメダヨ!」
人差し指を横に振って、小鬼はぴょんぴょん飛び跳ねている。
「あ、わかったかも! 環、行こう」
手を握られてどきどきしたけど、そのまま一緒に山の周りを歩いた。真反対の位置に入口があって、続々と人が入って行く。
山の中はからっぽだった。山頂まで空洞で、内側の壁に沿って、らせん状に階段が刻まれている。
「足元に気をツケテね! あとチョットだよ!」
小鬼はにぎやかに励ましている。
「最後に階段上るの、しんどいなー」
「でも僕たち死んでるから、そんなに疲労は感じないんじゃない? 今までも大丈夫だったし」
「しゃべりながら行くかー!」
「にゃあ!」
あらためて僕の手をつなぎ直して、有は階段を上り始めた。猫は僕たちの数段先を軽やかに歩いていく。
ときどき山頂にあいた穴からすうっと落ちてくる人がいた。暗い顔で、重い足取りで入口から出て行き、また山道の方へ歩き出す。小鬼がキィキィ笑いながら言った。
「人生をちゃんと振り返れなかった人は、もう一往復歩くヨ! 自分の悪を見つめるまで抜け出せないループ、これぞ地獄だネ!」
僕たちは、来る道すがらで反対方向に歩いていた人たちを思い出した。
「リフトの反対側みたいに歩く人って、そういうことか……」
「何度も繰り返すなんて、つらいね」
僕も小さく息をついた。
階段には、ときどき壁面をくぼませた休憩所があり、足湯やマッサージ、お茶やお菓子の接待を受けながら、僕たちは手をつないで上り続けた。
上る前は山頂は遠いと思ったけど、意外に早く到着した。出口の穴があって、そこから出ると気持ちいい風が吹く草原が広がっていた。
「ハイハーイ! 閻魔大王との面接、リターンズ!」
キィキィと甲高い声で話す小鬼に誘導され、またカウンターに並ぶ。
面接を終えた人たちは右の道か、左の道へ進む。右の道はカーブしていて先が見えず、左の道は雲の中へ消えていた。
たまに、山頂の穴に飛び込んで行く人もいた。
僕たちの番になった。閻魔大王はニコニコしていた。
「おお、犬猫の二人か。早かったな。どれどれ、お前たちの顔をよく見せてごらん」
大きな虫眼鏡でじろじろ見られた。
「うむうむ。自分たちの人生をきちんと振り返ったな。感謝の気持ちもあるし、よくなかったところもちゃんと反省しておる。あきらめもついておるな。もう一往復する必要はなかろう。よし、合格! 猫ちゃんも合格でちゅよー」
どんっと大きなハンコが押された。
「この先は転生か永住か、お前たちならどちらでもよかろう。次の相談所で決めなさい」
相談所は、お地蔵さんが置かれているだけの原っぱだった。
「転生は記憶がリセットされるヨ! 記憶があったり、蘇るのは、ラノベとアニメだけ!」
パンフレットや書類を抱えた小鬼が、甲高い声で説明してくれる。
「転生って、記憶がなくなるのか」
「キミたちモ、前世の記憶はないデショ! 転生先は選べないヨ。生まれた場所で死ぬまで生きるしか、デキナイ!」
「うーん。人生って世知辛いな」
パンフレットを見せられたけど、たしかに転生はハードそうだった。一例として、ハエたたきに追われて逃げ惑うハエの姿や、ドラゴンの火に焼かれる勇者、桃に入れて川に流される赤ちゃんが描かれていた。
僕は書類を見つめた。転生したら勇者に、なんて軽い気持ちで思っていたけど、もう一度人生をやり直すって、大変そうだ。
小鬼がもう一種類のパンフレットを広げた。緑が輝き、美しい花が咲き乱れ、湖や小川がきらめく景色に、僕たちはうっとりため息をついた。
「永住なら、記憶はソノママ。キレイな場所でユウユウジテキ! 好きな人とずっと一緒にいられるヨ! いつでも夢枕に立てるし、オトクだヨ!」
ログハウスでもお城でも、住みたいところに住んで、好きなように過ごせるらしい。暖炉の火にマシュマロをかざす人や、お城の庭でドレスを着てアフタヌーンティーを楽しむ人、サーフィンや登山を楽しむ人が写っていた。
「お前はどうしたい?」
有にたずねられて一応首をかしげたけど、僕の気持ちはほとんど永住に傾いていた。
「永住もいいかも」
「俺も、実は永住がいい気がしてきてる。その……」
有は何度も深呼吸してから言った。
「お前とのことを、忘れたくない」
真剣な目で僕を見た。そのまなざしに、心臓が跳ねた。
「ぼ、僕も」
そう言うと、有が小さく笑った。
「49日歩いてきてさ、初めて誰かをちゃんと好きになった気がする。お前との今だけは絶対忘れたくない」
その言葉に、胸が熱くなった。有が僕の手を強く握り、真剣な目でじっと見つめてくる。鋭い目が細まる瞬間、僕の心が震えた。
「僕もだよ。有じゃなきゃ、こんな気持ちにならなかった」
思わず口に出た言葉に、自分でも驚いた。49日かけて見つけた新たな恋に、僕たちは頬を熱くした。しばらく見つめ合って、有が小さく笑う。
「じゃあ、永住もありだな。俺たち仲良くやれそうじゃん」
「うん、よろしくね。僕、マシュマロを焼いてみたい。やったことないんだ」
「いいな。それなら俺、焼き芋を作ってみたい。やったことないんだ」
僕も笑って頷き、「わーお」と両手で口を覆っている小鬼に告げた。
「僕たち、転生はしない。永住するよ」
「おっけー、転生はナシ! 二人でずっとナカヨク永住! 永住は、左のミチ! キレイナトコロデ、ユウユウジテキ! イッテラッシャイ! 猫ちゃんもユウユウジテキ!」
「にゃあ」
さあっと爽やかな風が吹き、霧が晴れてきた。遠くから差した光が、僕らの道を照らしていた。
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