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疲れすぎて、ふわふわ(3/3)
硬さを押し当てられたら、僕の身体だってすぐに火がつく。
「いいよ。僕も物足りないって思ってた」
答えるのと同時に貫かれ、僕はタイルの壁にすがりつく。そのシチュエーションの何かが、突然僕の興奮を暴走させた。
シャワーの雨の中で激しい律動に翻弄されながら、僕は振り返り、キスを求めた。藍沢は僕の口を喰らい尽くそうとするようなキスをした。胸の粒も揺れる茎も全部同時に愛されて、僕の脳内バッファはオーバーフローした。
「あっ、ああっ、あいざわ……っ。きもち……い。もう……」
快感のマグマが噴き出すような絶頂を迎え、それを藍沢に伝える間もなく次の絶頂に襲われた。回数なんて数えられないくらいふわふわした。息継ぎも苦しくなって、血管が浮く藍沢の腕をつかみ「きて。はやくきて。あいざわ」ばかり言っていた。
「智也……っ」
突然名前を呼ばれた。
藍沢の声が、シャワーの音に混じって耳に届いた瞬間、僕の頭の中で何かが弾けた。後輩の藍沢が、心の中でずっと僕を「赤木さん」じゃなくて「智也」と下の名前で呼んでいたと知り、僕のことを本当に特別に思ってくれていたことに気づいたら、胸の奥まで熱くなって、涙がにじみそうになった。それだけ好きでいてくれたことが、純粋にうれしくてたまらなかった。
その喜びが、身体を駆け巡る快感に重なって、まるで火花が散るみたいに全身を震わせた。藍沢の熱い腕にすがりながら、僕はもう我慢できなくて、彼の名前を叫んだ。
「あいざわっ、藍沢っ……好きっ!」
言葉が口をついて出た瞬間、快感の波が一気に押し寄せてきて、頭の中が真っ白になった。シャワーの雨に打たれながら、激しい律動に翻弄されて、喜びと愛情が混じり合った強い絶頂が僕を飲み込んだ。身体が跳ね上がって、藍沢の腕の中で何度も震えた。こんなふわふわで、こんなに幸せな頂点は初めてだった。
藍沢も僕を抱き締めながら、「智也……俺もっ……!」と声を詰まらせて、最後の熱を放った。
二人で息を荒げながら、タイルにもたれてぐったりした。シャワーの湯が僕たちの熱を冷ましていく中で、藍沢が僕の濡れた髪をそっと撫でてくれた。
「気持ちよすぎてやばいです。時間もやばいかも」
僕たちは慌ててシャワーを浴び直し、アプリで呼んだタクシーに飛び乗った。
噂好きな職場では、僕と藍沢がラブホで一夜を明かしたことなんか、とっくに知れ渡っていた。
僕がデスクに着いた瞬間、同僚たちの視線が集まってくる。
そこまで興味を持つのなら、正面切って質問してくれればいいのに、チラ見するだけなのがやっかいだ。
ぼそぼそといつも通りに
「おはようございます」
と挨拶していたら、背後から元気な声が響いた。
「突発で半休いただいて、すみませんでしたー!」
藍沢だった。
「行き先がラブホテルだったから、お土産とかなくてすみません。『ラブホテルに行ってきましたクッキー』とかあれば、買ってきたんですけど。ギリギリまで爆睡しちゃって、コンビニに寄る時間すらなくて」
笑いながら話す藍沢に、周りの席から声がかかる。
「本当にラブホに泊まったのかよ」
「泊まりましたよ。2徹したあとの午前3時だったから、俺も赤木さんもふらふらで思考回路がぶっ飛んじゃってて。ラブホだと高級マッサージチェアがあるって。この部屋にしようみたいな感じで」
今度は僕に質問が向けられた。
「同じベッドで寝たの?」
僕はパソコンを立ち上げながら、モニターへ視線をそらし、世間話のトーンで答える。
「うん。ベッド一つしかなかったもん。でも高級ブランドのマットレスで、すっごく大きくて、めちゃくちゃ寝心地よかったよ。部屋に入って、顔面からベッドに突っ込んだら、そのまま朝になっちゃった」
Bluetoothイヤホンを耳に押し込んで「ペアリングしました」というメッセージが聞こえるのと同時に、ブライアン・イーノが流れ始めた。自動的に藍沢のスマホに接続されてしまっていた。
昨夜、帰る前に走らせたテストは成功していた。
みんながラブホ騒ぎに興味をなくした頃、僕と藍沢は「処理が重い部分を見直そう」と軽いデバッグや最適化に取り掛かることにした。
藍沢が腰周りのストレッチをしながら
「さっきは17分だったから、今度こそ15分で完璧に!」
と謎の意気込みを見せていて、僕は藍沢の肩を叩いて笑った。
「落ち着けよ。早ければいいってものでもないだろ」
そんな会話をしているあいだに、今度は藍沢が僕のスマホを操作して、自分のイヤホンと僕のスマホをペアリングしていた。
「赤木さんのプレイリストを聴きながら作業したいです」
「いいけど、気分が変わったら曲の途中でも変えちゃうよ」
「いいですよ。赤木さんの心理状態がわかるなんて、面白いです」
「あと、ちょっと古い曲だよ」
「クラシックも好きです」
「90年代なんだよね。Airの『Moon Safari』とか」
「好きです。赤木さんが好きなものなら、全部好きです」
「まだ睡眠がたりなくて壊れてる?」
「もし睡眠がたりてても、赤木さんのことに関しては心臓ぶっ壊れっぱなしなんでお気遣いなく」
自分の胸に手をあてて笑っていて、僕は肩をすくめた。
「じゃあ処理の見直しってことで」
「了解で。軽くデバッグします?」
「そうして。まずはログを見て、ボトルネックを探そう。僕の方で実行時間とメモリ使用量のチェックをするから、藍沢はコードの負荷の高い部分を洗い出して」
「OKっす! 『Moon Safari』聴きながらだと集中できそう。負荷の高いとこ見つけたら、すぐチャットで飛ばしますね」
「僕も何か見つけたら共有する。じゃ、席に戻って始めよう」
90年代のメロウで浮遊感のある音楽を聴きながら、僕は仕事の海に沈んで行った。
でも、集中力はあまり続かなかった。
解消しきれていない寝不足と疲労感に、今朝の思い出が上積みされて、ぼんやりしてしまう。
気づくと『智也』と呼ばれたことや、絡めた身体の快感について思っている。
藍沢はどうしているだろうと見てみれば、いつのまにか黒縁メガネなんかかけて、真剣な表情でモニターに対峙していた。
かっこいいなあ。メガネ姿もいい。
ますます僕は仕事に身が入らなくて、席を離れた。
給湯室でコーヒーを淹れていたら、藍沢がやってきた。
「ボトルネック潰しました。すいません、勝手に最適化までやっちゃって、14分でした!」
「マジで?」
藍沢はメガネのフレームが僕のこめかみにぶつかるほど顔を近づけ、囁いた。
「俺は15分以内に最適化できる男だって認めてくれますよね?」
今朝の最適化できなかった17分間を思い出し、顔が熱くなるのを誤魔化したくて、首をかしげた。
「認めるけど。あんまり早いのもどうかと思うけどな」
「次は最初から予定して、ゆっくり時間をかけて取り組みましょう。今度の週末、温泉に行きませんか」
スマホの画面にはすでにいくつもの宿が並んでいた。
僕は準備のよさに笑いながら、海が見える宿をタップした。
「じゃあ仕事のテストはこれでクリア。次はお互いのテストということで」
藍沢が目を丸くして、すぐニヤッと笑った。
「絶対成功させますよ。赤木さんと温泉でゆっくりするのも、ずっと夢だったんで」
あまりにも素直で正直な姿に、僕のほうが照れくさい。でもストレートに来てくれてるんだから、僕だってストレートに返していこうと思いなおし、うなずいた。
「楽しみだね。僕も藍沢と一緒に温泉に入りたいな」
今まで言ったことがないセリフを口にして、恥ずかしさで頭がふわふわだ。藍沢は目の前でガッツポーズをしている。
コーヒーを手に持ったまま、藍沢と並んで給湯室を出た。『Moon Safari』のメロウな音が睦言のように頭に響く。週末の温泉を想像し、また藍沢に『智也』って呼ばれるのかなと思ったら、僕はまたふわふわした。
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