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深夜にうつろな君が来る
深夜2時、コンビニのLED照明がピカピカと棚を照らす中、僕は缶コーヒーをガチャガチャと補充していた。目の前の道路では、救急車が近くの総合病院めがけて走り抜け、窓の外でピーポーピーポーとサイレンが響き渡る。僕は首を振った。
「救急車、にぎやかだな。病院が満員になっちゃうんじゃない?」
再び補充作業に戻った時、自動ドアがスーッと静かに開き、ゾンビのような男が靴底を引きずりながら入ってきた。疲れすぎた目はうつろで、力なくフラフラと歩き、雑誌コーナーのエッチな本の前で立ち止まる。しかしそれらの刺激的な本を手にすることもなく、突然頭がカクッと落ちた。立ったまま寝ている。グウッと小さないびきが聞こえてきて、しばらくすると、突然ぴたりと動きが止まる。髪の乱れた頭が左右に傾きながらゆっくり重そうに上がり、うつろな目が半開きのままこっちを向く。ゆらりと肩が揺れて、さらには「………うぅ」と弱々しい声が漏れた。
俺は見慣れた光景に、心の中で呟く。
(はい来た、ゾンビ男。今日もお疲れだなー)
気力ゼロっぽいのに人間に気づいて歩き出す姿に、何度見てもゾンビだなと呆れつつ、倒れやしないかと見守ってしまう。
スナック菓子のコーナーでまた動きを止め、グウッといびきをかき始めたので、缶コーヒーの補充を再開していたら、耳元でゾンビみたいな低い声が聞こえてきた。
「おすすめのコーヒー、ある?」
「ひいぃぃぃっ」
おそるおそる振り向くと、すぐ目の前にゾンビ男の顔があった。目の下にクマが広がり、頬はこけて、テーマパークのCMみたいだ。
「しっ、心臓止まるかと思った。近すぎだろ。寝てたのにいつ動いたんだよ」
「コーヒーが欲しくて。おすすめのコーヒーくれ」
このゾンビはコーヒーに反応するのか。そういえばこのゾンビは毎回、タバコとコーヒーを買っていく。
「僕のおすすめはこれ。苦味強めのブラック。目覚めな」
まだ商品棚に並べる前の番重からぬるい一本渡すと、人差し指を立ててきた。もう一本渡してあげた。
「タバコは? 68番、二つ?」
「うん。みっつ……」
「今日は三つ? じゃあレジに行こう」
「う……ん……」
ゾンビ男はゾンビ声で頷き、二本の缶コーヒーを手に、レジまでついてきた。
ゾンビの癖に金色のクレジットカード決済で、68番のタバコを三つと缶コーヒー二本を渡すと、その中から缶コーヒー一本をポイッと戻してきた。
「お前も飲めよ。俺からのおごり」
「え?」
「明け方まで働くんだろ。寝んなよ」
ゾンビの疲れた顔に笑みが浮かんで、よどんでいた目が一瞬だけ柔らかく光った。その瞬間、僕の心臓がドキッと跳ねて、頭がぐるぐるした。ゾンビみたいな見た目なのに、こんな笑顔を見せるなんてズルい。こっちだって夜勤中で疲れてるんだから、好きになっちゃうじゃん、と心の中で呟いて、慌てて目を逸らす。
「お、お前の方が立ったまま寝てたろ。どっちが寝る側だよ。でも、サンキューな」
受け取った缶コーヒーを両手に包んで、ちょっとだけ頭を下げた。
「どういたしまして」
ゾンビ男は疲れた顔にまた笑みを浮かべた。でも人間に戻ったのは一瞬で、彼はすぐゾンビになり、ぽやぽやと話し始める。
「準夜勤の日は……ぼろぼろなんだ……。今日は救急車祭りで、椅子に座る暇もなかった」
「お医者さんなの?」
「放射線技師。レントゲンを撮ってる」
「へえ。面白い仕事だね」
それから月3~4回、深夜にゾンビ男がヨロヨロと現れるたび、コーヒーをポイッとくれる習慣が始まった。僕は「またかよ」と言いながらも、その時間が楽しみになってる。
「ゾンビ君、マジで優しいね」
「うぜえな。起きとけよ」
ゾンビ男はぶっきらぼうな声で言う。
「毎回くれるとか、本当は僕に惚れてるんでしょ?」
軽い気持ちのふりで、ちょっと緊張しながら聞いたら、
「………別に」
と顔をそらした。耳が赤くなっていて、僕もつられて顔が熱くなった。
「なんだよ照れてんのかよ、ゾンビ」
「うるせぇ。ゾンビだってまともな感情は持ってるんだ。お前はいつもがんばっててえらいと思うし、俺も明けにここに来るのが、いつの間にか楽しみになってるっていうか」
僕の手から商品が入った袋をひったくり、でもきちんと
「お疲れ。ちゃんと休めよ」
と優しい言葉を残して帰っていった。
別の夜、僕はスマホを取り出した。
「ゾンビ君、友だちにならない?」
QRコードを差し出すと、ゾンビ君はすぐに読み取って友だち追加してくれた。
「今度、どっか遊びに行こうよ」
「深夜勤明けに一回仮眠とって、晩飯食いに行く感じでよければ」
「いいよ。何食べる? ゾンビレストランに行く?」
「なんだそれ」
「『当店は、様々な植物や動物の死骸を調理してお出ししております』って書いてある」
「よく考えりゃ、当たり前のことだな」
笑い声が響き合って、次はコンビニじゃなく駅前で会う約束をした。
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