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散らかりすぎてて彼しか呼べない(1/2)

 片付けが苦手だ。  これはもう絶対に、生まれた時に善い魔女から「細かいことは気にしない」魔法をかけられ、悪い魔女から「出した物を同じ場所には戻せない」魔法をかけられたとしか思えない。絶対にそうだ。そしていつか僕は糸車の針に指を刺して長い眠りにつく。 「そのときは、必ず僕を探して、『美しい姫だ』とルッキズム全開の発言をして、やさしいキスをして起こしてね。そっと髪を撫でて、肩を抱いて、そばにいて」 「ばかなこと言ってないで、手を動かせ。明日の朝十時には、彼氏が来るんだろ。あと四時間しかねぇぞ!」  匠は頭にタオルを巻き、マスクと軍手をつけて、部屋に落ちているものを片っ端からゴミ袋に詰めていく。  最初は下着や体毛やごわついたティッシュが発掘されるたびに恥ずかしかったけど、そんなフェーズはとっくに過ぎた。ホコリがあるのはわかる。なぜ砂があるんだ。 「もう明日じゃないよ、今日だよ。無理だよ。寝ようよ。このポイントカードが何なのかわかんないよ」  いつ作ったのか思い出せないポイントカードを見つけ、途方に暮れる。 「ポイ活できるほどマメじゃないだろ。ラクチンポイントカード以外は全部諦めろ」  取り上げられて、また僕はベッドの下にモップを突っ込み、掻き出す。 「このパーカー、探してたやつ! お気に入りなんだぁ!」 「よかったな。コインランドリーに持っていくヤツは、イケヤの袋に入れろ」  お気に入りなのに、なぜベッドの下でホコリまみれになっているのかを責めるフェーズも過ぎているらしい。匠はただ僕に指示を出して、軍手をゴム手袋に替え、冷蔵庫の中のものを捨て始めた。  カビの生えた食品はすべて捨てられ、空いた皿はカビをくっつけたまま流しに置かれ、洗剤をぶちまけられて、次々に洗われていく。 「涼香はコインランドリーに行ってこい。シーツも、布団カバーも、枕カバーも持って行けよ!」  チャリを漕いで夜道を行き、煌々と灯りのついたコインランドリーで、洗濯機を三つ使った。乾燥機も二つ使って、ボックスシーツの隅に丸まった靴下が入り込んでちょっと生乾きだったのは、自然乾燥でいけるだろうと判断して部屋に戻る。  玄関のドアを開けて、僕は心底驚いた。突き当たりのバルコニーまで見通せる。床が見える上に、つやつやと光ってる。 「ここ、どこ?」 「お前の部屋だろうが」 「ちゃんとした人の部屋みたい」  カラーボックスに教科書が並び、ノートパソコンが机の上にあって、排水口がぬめってない。コンロの上の腐ったシチューも消えている。 「天国じゃん」 「大げさな」  コインランドリーから持ち帰った服を、匠は次々クローゼットにしまってくれて、さらにベッドも整えてくれた。 「涼香。それで、その。必要なものはあるのか?」  匠の言葉の意味がわからなくて首をかしげた。 「だから、ゴムとか、ローションとか。彼氏とするかも知れないんだろ……?」 「あ、ああ、うん。わかんないけど、するかも。このポーチに入れてる」  シンプルな黒のポーチを開けて見せた。匠は一瞬息を止め、それから真面目な顔で手を突っ込んで箱とボトルをつかみ出した。表情を消し、いろんな角度から箱とボトルを見て言う。 「お前、駅前のドラスト行ってこい。あそこ、24時間やってるから」 「なんで?」 「期限切れ。二年も前に切れてる」 「うっそ、マジで? 三か月前に、前の彼氏とお別れ記念でやったときに使っちゃった」  匠は軽く目を剥いてから、また表情を消す。 「お前の身体を守るための大事なものなんだから、いい加減なことをするな。ちゃんとしろ」  おでこをぺちっと叩かれて、僕はドラストに向けて自転車を漕いだ。  帰り道、銭湯が朝湯をやっているのを見かけた。それで僕はひらめいた。 「お礼に朝湯に行こう!」  匠はちょうどバスルームを洗い終えたところで、まくり上げたチノパンが太ももまで濡れていた。それで僕は銭湯の朝湯に招待したいと申し出た。 「朝湯か、いいな。コーヒー牛乳もつけてくれ。着替えとタオル、とってくる」  隣の部屋に荷物を取りに行き、戻ってきた匠と銭湯まで自転車を併走した。  ほかに誰もいなくて貸切状態の銭湯で、大掃除で汚れた身体を洗っていたら、匠が僕のタオルを奪った。 「耳の後ろ、首筋、背中。きれいにしてやる。涼香には見えなくても、相手には見えるところだからな」  丁寧に洗ってくれる手は優しくて、僕は彼にずっと触れられていたいと思った。  そして僕もお返しに匠の耳の後ろや首筋や背中を擦った。広い背中は部活動で鍛えられてかっこよくて、肩も腕もたくましくて、今度の地区大会も応援に行こうと思う。匠の姿に黄色い声を上げるどの女子よりもデカい声で応援してやる。  そう思ったのと同時に、僕は何か心に引っかかるものを感じた。なんで僕は女子に負けたくないんだろう?  僕はタオルで匠の背中を擦るついでに、自分の手でも直接、彼の背中に触れてみた。 「涼香、どうした?」 「う、ううん。なんでもない」  なんでもなくなかった。僕は匠の背中に手のひらだけじゃなく、全身で抱きつきたいと思っていた。  僕は自分の顔と身体に水をかけ、落ち着かせてから、匠の背中にお湯をかけた。お湯が流れ落ちるラインすら、素敵だなと思った。  大きな浴槽に並んで座り、ほっと息を吐いたあと匠が言った。 「お前と彼氏がしてる音や声は聞きたくないから、夕方まで出かける。もし彼氏が泊まりになるなら、早めに連絡して」 「連絡したら、どうするの?」 「満喫か、カラオケに行く」 「あ、いいな。僕も一緒に行く」 「なんでそうなるんだよ。彼氏はどうするんだ? 彼氏がいないなら、家でいいだろ」 「あ、そっか」

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