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11 男前と、弁護士
俺が北上先生のこと気にしてるの、南方先生に気付かれたから。
意識しないようにするより、もうホント、オープンにしてしまえと。
フザけてたほうがこじらせないだろうと、川崎くんみたいに北上先生にちょっかい出すことにしたんだけど。
ダメだ、あの弁護士。
ただのヘタレなら良かったんだけど。
弁護士してるときの色気が半端ない。
男が欲しくてねだるような色気じゃなくて、作り物のはずなのに、純粋に発現される彼自身の強烈な魅力。
余計に欲しくなってしまった。
北上先生にその気がないから、ちょっとイタズラすればすぐヘタレに戻る。
でもただのヘタレじゃなくて、イタズラしようとした手を取って、その場の主導権握ってきた。
ノンケなのに、イタズラしても文句言うだけで、嫌悪感出してこない。
色があって、弱さもあって、なんか強さもあるっぽい。
昼は北上先生に主導権握られて、夜は俺が主導権握りたいかも。
いや、ダメだろ。
どうするのこれ。
「ねぇ北上先生、今晩俺と一緒に過ごそうよ」
断られるの前提で、控え室で待機している北上先生に声をかけてみる。
「何して過ごすんだよ。やだよ俺、怖いもん」
本当に嫌がってるワケじゃなく、軽くあしらっているんだろう。
可愛い。
「ねぇ北上先生、年いくつなの?」
聞くと彼は、渋面を作った。
「三十二だよ」
「え、結構年上だ」
「悪かったなぁ、歳いってるけど中身はだいぶ幼稚で」
なんか大人気 ないことを気にしているようだ。
「いや、可愛くていいよ。じゃあ、なんでイケメンなのに童貞なの?」
こんなイケメンで魔法使いだなんて。
ちょっと大切にしないといけない気がしてくる。
「いつどこでそう言う話になってんの?」
「この間、女の子とキスした事ないって聞こえたけど」
北上先生は自分の失態に気付いて拗ねた顔をした。
これも可愛い。
「俺だって昔、女の子と一度だけ付き合った事はある」
「え、そうなの? どうして別れたの?」
なんか自慢気だし。
やっぱ普通に女が好きなのか。
この顔なら一回失敗してもいくらでも女が寄ってきそうだけど、どういうわけなのか。
その答えは、すぐに降ってきた。
「俺、あの時、劇団に入って一・二年経ってたのかな。俺のファンだとかいう人たちにその子、ちょっと怪我をさせられて、会うわけにはいかなくなったんだよ」
あぁこの人、変な追っかけがいても、おかしくないんだ。
そのせいで女と付き合えなくなってんのかよ。
「あれ、前に優柔不断だから女と付き合えないみたいに言ってなかった?」
ヘタレだから彼女がいなかったわけじゃないんだ。
当然だよな、男が寄ってくるくらいだもん。
北上先生は、少し淋しそうに言った。
「本当に必要な人だったら、怪我をさせられないように役者なんて辞めて田舎に引っ込めばいいんだよ。でもさ、どんな人が現れても、どうしても辞める決断ができないんだよね」
一度自分のせいで怪我をさせたのがトラウマになって、恋愛に関して身動き取れなくなってる。
それからきっと、迷ってもずっと役者の道を選んでる。
可愛そうって思うのは、失礼かな。
「そうなんだ。なんか、ふざけてごめんね」
でも抱きしめたくなっちゃって、座っていた北上先生の背後に回ったら、立ち上がって華麗な身のこなしで距離を取られた。
立ったまま向き合って、言ってみる。
「なら俺と付き合おうよ。俺、結構タフだよ」
「えぇ? あぁ、うん、タフそうだよな」
なんか真面目な顔でこっち見てる。
えっ、まさか考えてくれるの?
でもすぐに北上先生は、ハッとした顔をしてから眉をしかめた。
「いや、何言ってんだよ」
やっぱダメか。
でも、それでいいよ。
こっちには来ないで、俺のことちょっと構ってくれればそれでいい。
北上先生は椅子に座り直すと、腕を組み脚も組んで、自虐的に笑う。
「俺は役者辞めてでも一緒になりたいような人間が現れるのを待ってるんだよ」
それ、現れるのかな?
「北上先生が役者辞めたら、国益の損失でしょ」
言ったら、少し笑ってくれた。
「俺はそんなビッグじゃないよ」
でも、この人が役者を辞めるのは、本気でもったいない。
俺はこの人の舞台、まだ一個も観ていない。
彼がどうしても辞める決断をできない役者としてのその姿を、俺も見てみたいって、心底思った。
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