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14 遊び人と、高校教師。

『白石くん』は自己中で、人に付け入るのが上手いという設定。  シナリオは、付け入ろうとしても入れなくて荒れていって、相手に(さと)されて更生するっていう展開が多い。  荒れてる白石くんの練習は外ではできないので、家で家族がいない時、すさんだ顔をしながら物騒な言動をしていた。  それも明日で終わり。  結構しんどかったけど、全力を尽くせたと思う。  最後の静止画の撮影が終わって、南方先生と控え室で遅い昼食を取った。  今は川崎くんと鳴瀬くんが撮影をしている。  小野田さんと北上先生はまだ来ていないようだ。 「南方先生、おかげさまで無事に撮影終わりそうです。ありがとうございます」  お弁当のふたを開けてから、向かいに座る南方先生にお礼を言う。 「僕のおかげなんかじゃ、ないよね。どう見ても君が努力したからだよ」  いつも嬉しいことを言ってくれる。  南方先生って真面目で大人しいひと、そして自分に厳しくて、周りには相当気配りができるひとなんだと思う。 「いえ、努力できたのはみんなが褒めてくれて、報われたからなんです。特に南方先生には、私実際の仕事の現場に入ったことのないのに、『参考になる』って言ってもらえて、とても自信が付きました!」  真剣な表情で見ててくれて、頑張った分だけ評価してくれて、嬉しくて精一杯頑張れた。  南方先生はコーヒーを一口飲んでから、いつもの優しい顔で笑った。 「君のためになることができてたなら、光栄です」  一歩下がって親身になってくれている感じ。  私はにっこり笑ってから、お弁当に手を付けた。  南方先生の役は優しい先生の役だけど、先生という一つ上の立場で、なのに面倒くさがりな役だから、本人とはちょっと違う。  南方先生の舞台を観た小野田さんの話では、舞台では威厳のある騎士団長の役とか、能天気でユーモラスな精神科医の役をしていたらしい。  それはどちらも本人とは違うし、正反対な役だ、すごいよね。 「そうだ私、南方先生の舞台観たいんですけど、近々出たりしないんですか?」 「再来月の初めに出る予定だから、時間があったら観に来て欲しいな。チケット送るから」 「チケット買います。売って下さい、絶対行きます!」  観たいと思ったら、結構すぐ観れるみたい、嬉しい。 「どんな役をするんですか?」 「平安時代の貴族で、笛を吹いたり舞を舞ったり、優雅な役だね。君がやったら似合いそう」  ちょっと照れる。  そして、また全然違う役。  私も南方先生みたいに、色んな役のできる役者になりたい。 「もっと南方先生の演技を観たり、お話聞いたり、たくさんしたいけど、明日で最後なんですよね」  すごく惜しい。  時々公演を観に行くしかできないのかな。  お食事してくれるとは言ってたけど。 「時間が合えば、僕も君とお話したいけど、夜型だから学生さんとは中々時間が合わなくなるかな」  南方先生は嬉しいことを言ってくれた。  でもなぁ、今は仕事のタイミングが一緒だがら毎日会えたけど、これからはなかなか会えなくなるんだ。 「私が本当に女の子だったら、南方先生の彼女になって、いつでもお話させてもらうのにな」  時間が合わなくても、彼女とかだったらきっと、夜中に電話かけたり、都合つけて会ってもらえたりできるんだろうな、羨ましい。  女の子だったらって、久しぶりに言った。  最近はコスプレするのに都合がいいから、あんまり思わなかったんだけど。  私のその言葉を聞いた南方先生は、口元に手の甲を当てて、笑ってるような焦ってるような顔をしていた。  私は慌てて弁解していた。 「あっ、ごめんなさい! 冗談でした! 私が彼女とか、なんかヤですよね」  真面目なひとだから聞き流さなかったんだ。  失敗したなー、失敗したなーと、思っていると。 「えっ、冗談なの?」  笑いながら聞かれた。  気を悪くしたりは、してないのかな? 「だって、今男の人の格好してるけど女の人みたいにしてて、でも男装するのが趣味で、しかも普段は女の子の格好してるんですよ。こんなワケのわからない男に好かれても、困りますよね?」  普通はそうだと思って、うっかり彼女とか言ってしまった。  南方先生のことだから、そんなことないけどって感じで濁しつつ、今度こそ流してもらえると思ったんだけど。 「ワケがわからなくもないし、困りもしないんだけど、うーん」  なんか余計困ってる。  ん、でも、困らないって言った?  好かれても困らないって、言ってくれたんだ。 「優しいですね、南方先生。本当に私、女の子だったら、南方先生に告白してたかも知れません」  こんなに素敵に優しくて尊敬できるひと、あんまりいないよね。  南方先生は私の言葉を聞いて、まだ困っていた。  あっ、また失敗しちゃった。  南方先生は目をつぶって、口元を押さえる手の甲を手のひらに変えて、もう一度手の甲にする。  こんな落ち着かない南方先生は見たことがない。  南方先生は目蓋を上げると、一呼吸して、テーブルに両手を置いて、私を見た。 「僕の方が君に、お付き合いして下さいって、言いたいくらい、だったんだけど」 「え?」  私と、お付き合い?  そういう言葉、私、初めて言われた。 「え? 私、ホントみんなに、ワケわかんないって言われてるんです、けど?」  真面目で優しいひとが、こんな私と付き合いたいって思うこと、ある?  冗談言ってたり、するの?   南方先生はテーブルに重ねて握った手に視線を落とした。 「君は芯の通った素敵な人だと、僕は思ってて。あの、言うつもりはなかったんだけど、君が、僕に好意を持ってくれて、いるようだから」  歯切れ悪く、絞り出すようにそう言う。  照れて、いるんだ。  冗談じゃなくて、本当にそう、思っているんだ。  心がぎゅーっと締め付けられる。  私は、席を立ち上がった。 「もしお付き合いしているひとがいなくて、好きなひともいなくて、こんな私で良かったら、どうかお付き合いして下さい!」  そして、勢い良く頭を下げた。  こんなこと、もうない。  この機会、逃しちゃいけない。  今って絶対、大事な瞬間。  立ち上がる気配を感じて、私は顔を上げる。  南方先生はまだ、困った顔をしている。 「本当に、僕でもいいの?」 「それはもう、土下座してでもお願いしたいです!」  むしろ、南方先生のほうが、私でいいの?  こんな大人で立派なひとが。  私今まで、自分のことで精一杯だったから、恋愛とかしたことない。  漫画やゲームでしか恋愛を知らない。  小学生レベルの『好き』かも知れない。  先のこととか考えてなくて、ただの憧れの『好き』って気持ちで頭下げてる。  こんな子供な告白は、大人のひとには通用しないかも知れない。  でも、雰囲気も性格も性質も『好き』だと言うのは、本当。  緊張しながらも熱意を込めて見つめていると、南方先生は困った顔をやっとゆるめて、笑ってくれた。 「君が構わないなら、是非、お付き合いさせて下さい」  そう言って、丁寧に頭を下げてくれた。 「ありがとうございます!」  嬉しい、嬉しい。  こんな魅力的なひとが、私とお付き合いしてくれるなんて。  あっ、南方先生、魅力的な大人のひとだ。  私、ちゃんとお付き合いできるのかな? 「あの私、こんな恋愛ゲームのお仕事してるけど恋愛に疎くて、こういうの初めてなんです。大丈夫、ですか?」  また困られたらどうしよう。  けど南方先生は、穏やかな表情で言った。 「それは。責任持って、君に後悔のないようにしなきゃいけないね。努力します」  初めてお付き合いするひとがこんなに優しいひとだなんて、私はなんて幸運なんだろう。  いっぱいお話しして、色んなこと教えてもらいたい。  お話ししなくても見ているだけできっと自分の力になる。  役者になるための勉強になるだけじゃなく、とっても安らいだ気持ちになれる。  それが一番、嬉しいこと。  だから。 「私も努力します!」  私も南方先生が後悔しないように、もっと素敵な自分になろう。 「その前に、お昼を食べて、明日の練習しましょう。鳴瀬くんみたいに照れ過ぎて、中々撮影進まなくなったら大変ですから!」 ・・・・・・・・・・ 『すぐそうやって、俺に説教するし』  嬉しいけど、なんかやだ。 『俺ってまだ、その他大勢の生徒の一人なワケ?』  老若男女めちゃくちゃ大勢から好かれてるみなちゃんの本命になるって、本人に宣言して、俺、すごい頑張ったんだけど。  上着を脱いでハンガーを探してるみなちゃんに、正面から抱きついてやった。 『こういうコトして欲しくて頑張ってるんだよ? わかってる?』  半眼でみなちゃんの目を覗いてから、キスをした。  俺より少し背が高い、悔しいな。  嫌がっても離してやらないって思ったけど、みなちゃんのほうから俺の背中に手を回してきて、一度離れた唇を重ねてきた。  すぐに唇は離れて、みなちゃんは意地悪く笑った。 『照れてない?』 『うるさい』  すごい動揺してたけど、反抗する。  向き合ったまま、みなちゃんは言う。 『白石には散々振り回されたからなぁ。マイナスからプラスになったギャップのせいもあるんだろうけど』    もう一度、唇が重なる。 『僕はちゃんと、白石になびいてるよ』  頑張ったこと、無駄じゃなかった。  俺は安心して、みなちゃんの肩口に顔を(うず)めた。 『俺、みなちゃんのコト、ホント好きだよ』

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