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第12話

「俺αだけど」 相模はキキの言葉を否定した。「どうしてそう思うの」とは怖くて聞けない。全身に血がどっと巡り、指先が震えた。キキはじっと相模のことを静観している。ただじっとキキは相模の瞳を見つめる。相模はその瞳に絶えられなくなった。 「ほんとのことを言って」 キキがそういうと相模は諦めた顔をして、首を一回縦に振った。今までひた隠しにしていた真実を相模は声もなく告げた。うなだれながら弱々しい声で、堰を切ったように相模は話し始める。 「ついにバレちゃったか…。 香水ふってても本物のΩにはバレちゃうよなぁ。」 表情は見えないが、心なしか後悔が声に混じっていた。キキは相模に疑問を投げかける。 「なんでαのフリしてるの?」 「事務所の戦略なんだ。両親が両方αで兄弟もαだから遺伝子的にはαだからいけるって。 俺はありのままのβとして売り出して欲しかったんだけど」 相模はαとして活動することに幾ばくの後悔と負い目を感じていた。芸能人のバース性の虚偽はたまにみられる事象ではあるが、バレた人は軒並み芸能界から追放されている。嘘の中でもタブーの部類なのだった。ただ相模はバレたらどうしよう、というよりもαとしてしか自分は存在できないということに苛まれていたのだが。いずれにせよ、バレないために相模は日頃から細心の注意を払って生活していた。 「キキはなんでわかったの?誰にもバレてなかったのに」 相模がキキに聞くと、キキは少し言いにくそうにしながらその理由を答えた。 「確証はなかったんだけど、相模は僕の匂い(フェロモン)に反応しなかったでしょ。 …その、体調悪くて家に送ってくれた時…」 「まさかアレ、発情期(ヒート)だった…?」 「そうだよ」 それを聞いて相模はこの騒ぎの理由がやっとわかった。現場から付けられてた理由も、なかなか消えない噂も、全てそれなら理由がつく。周囲は全員自分たちをΩとαの関係としてみている。それが全てだった。 「確かに顔赤かったけど、熱が出て動けないのかと思った」 あの日キキは本当に苦しそうで、相模は放っておくことができなかった。普段なら絶対に面倒ごとには関わらない。でも、その時は自分が助けなければとそう思ったのだ。手立てがないので家に連れ帰ってが、今思うとΩの子を家に招き入れるなんてなんて愚かなことをしてしまったのか。相模は今更またも後悔するが、どうしようもなかった。 「あの後から僕との関係噂されるようになったでしょ」 キキの言葉に相模はただうなづく。 「それはあの現場のαは僕がヒートなのわかってたからだよ。相模のこと担いで現場歩きまわってたって後から聞いた。 その状態(ヒート)でうちに連れ帰って翌日写真に取られれば、周囲にどれだけ否定しても噂は消えない」 噂が消えない理由に気づかなかったのは、相模ただ1人。――なぜなら彼がβで、Ωのフェロモンなんて微塵も感じない人種だからだ。 そして、また「それ」に気付けるのは全てを知ってるキキしかいない。 「…まじかー…。なんかごめんね、キキも好きな人いるかもしんないのに…、俺と熱愛なんか出ちゃって…」 全てを察した相模がそういうと、キキがクスッと笑った。相模はなぜキキが笑ったのか不思議でたまらなかった。キキはそんな相模をよそに話し始める。 「相模ってわざとαっぽく振る舞ってるでしょ?わざとっていうか、αっぽいイメージがだんだん誇張されていった感じがするけど。 片っ端からΩの子に声かけてたのもその一環でしょ?違う?」 (キキはなんでもお見通しなのか?) 確かにキキのいう通りだった。相模の行動はどんどんと「αっぽい」が先行していった。兄を真似れば早いのだが、会社勤の兄と自分では業界が違いすぎる。普段の兄は静かな人なので、芸能界で生き抜くには少し頼りない性格(キャラクター)であった。 「だってΩの子ってすぐわかるでしょ…αじゃないって。俺はβだから、フェロモンなんか出ないし。長く一緒に居たり回数増えると匂いでバレちゃうから、チャラいけど軽くないみたいなよくわからないの演じてた」 「だからΩの子とは、2回目以降二人きりで食事しないんだね」 「キキは本当になんでもわかるの? ――αってドラマでもなんでもすぐΩの子にちょっかい出すじゃん。だからとりあえず俺も出しとこ……みたいな…?」 相模のあまりに正直な物言いにキキがまた笑った。仕事でも見せないほどの本当に笑っているから出る笑顔だった。 「可愛いとこあるじゃん、相模」 笑いながらキキはそういった。相模はその笑顔に少しきゅんとした。気がした。

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