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第13話
(この状況できゅんってするのおかしくない!?)
相模は自身にツッコミを入れるが、意識すればするほどキキが可愛く見える。おかしいくらいに。
(違う違うこれは危機的状況にドキドキしてるのを勘違いしてるだけで言わば吊り橋効果的なアレで)
「相模、優しいね」
一人で自問自答している相模にキキがそう言った。キキは優しげな眼差しで相模のことを見ている。嘘をついていた自分に侮蔑の表情を見せている様子は微塵もなかった。キキがあまりにも、気づいていたとしても、すんなり相模がβだということを受け入れている事実が、相模には嬉しかった。
「なんで?」
照れ隠しのように、少しぶっきらぼうに相模は言った。
「だって自分のバース性がバレた状態で、僕の恋愛ごとの心配してるんだもん」
おかしいといえば確かにおかしかった。キキが先程から笑っていた理由はこれだったのだ。相模はいつしか自分ではなくキキの心配をしていた。相模は意識せずそれをしていたので、指摘されるまでそのおかしさに気づかない。そして、キキは相模の心配を優しいというのだった。相模は素直にそう言った理由を述べる。
「だってそれは、俺はいないけど、キキに恋人がいるかもしれないから、その人に申し訳ないじゃないか」
キキの交際相手がもし恋愛記事など見たら嫌な気持ちになるに違いない。自分の好きな人がよくわからない俳優の自分と写って「熱愛」と書かれたのだ。もしそれが原因で破局なんてことになってしまったらその人やキキに申し訳なくてたまらなかった。
「恋人はいないよ…」
少しトーンが下がり気味でキキはそう言った。
(すでに何かあった!?)
そんな相模の心配をよそに、キキは次には明るい声で「そのうち噂も無くなるからきにするな」と言った。
◇◇◇
別れ際、相模に「どうして急にタメ口になったの?」と聞かれた。
キキは身元がバレないために年齢を隠している。キキは相模の年齢を知っているので、自分の方が年上ということがわかっていた。仕事上の付き合いだけだと思ったので敬語で話していたが、あまりに相模が間抜けだったのでキキも気が抜けてつい友達と話すようにタメ口になってしまったのだ。
でもキキはそこまで相模にあけすけに話すつもりはないし、年齢はやはり伏せておきたかった。なので「相模がαじゃなくてβだから萎縮しなくて済むからかな」とお茶を濁した。
それも嘘ではないけれど。
(しかし、相模がβだったなんて)
事務所の戦略だからと、毎日毎日αを演じるのはキキにはかわいそうに思えた。
キキも高校生の時、Ωだと判明したが卒業まではβだと突き通して過ごしていた。発情期は来なかったのでそう言ったトラブルはなかったものの、周りに嘘をつく後ろめたさはついてまわった。匂いも薄く、身体もある程度β並みには成長していたので誰からもβであるということが疑われてはなかったが、自分にしかわからない孤独感があったことに変わりはなかった。
バース性は非常にデリケートな問題である。それはαでもβでもΩでも、それは変わりない。そもそも、あまりバース性など「公表」するものではないはずのものだ。キキや相模は芸能界に身をおく、その中のマーケティングの一環としてバース性のはいわばステータスだった。一般生活において、バース性は確かにステータスではあったが、それは解るものであって言いふらすものではなかった。少なくともβや大半のΩにとっては。
キキはΩ性を公表することは自らの意志でもあったのでそこに嫌悪は持たない。しかし、自分ももとはβだった変質種だなんてことは人前で口が裂けても言いたくない。βだったということを言いたくないのではなく、そこには様々な思いが付随する。結城のこと、Ωとしては子宮が機能しないこと、死にたくてたまらなかったこと。「βだった」ということはキキにとって過去を省みることだった。自分の過去は汚点でしかない。顔だって変えて、今のキキは完全なキキだった。誰も自分が『高橋真白』というβの可哀想な男と同一人物とは思わないほどに。
「ねえそう思うでしょう、真白?」
キキは自宅の鏡の前でそう言った。
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