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第15話
あれからキキと相模に距離が縮まるのにそう時間はかからなかった。あくまで友人の域は出ないものの、休みのたびに示し合わせて出かける。
今日は都内の某所に新作のドリンクを二人で飲みに来た。キキはこういう甘いものがあまり得意ではないのだが、相模に連れられるようになってから少し待ち遠しくなって来ていた。
(変われば変わるものかな)
キキは自分でも最近の変化に驚いていた。キキも相模と一緒で、秘密がバレたくないので極力人との交流は避けていた。芸能界に入る以前でも、学生の頃は色々あって青春らしいことはできなかったし、上京してからの交友関係はあまり公にできるものではなかった。いくら言葉を選んでも、大人な友達が多かったという言い方しかできない。同世代の友達が少ないキキにとって、相模と一般人に紛れて遊ぶのは、過ごせなかった時間を過ごすようで楽しかった。
相模はキキと二人で会うときは香水をつけない。それがキキには少し嬉しかった。自分だけに見せる姿が年下も相まってか最近少し可愛らしく見える。
「発売初日にキキと来れて嬉しいよ」
「僕も楽しみにしてた」
注文をして受け取り口で待つ間二人で話す。側から聞けばカップルのような会話だ。
「ほらあれ絶対俺たちのだ!」
子供みたいにはしゃぐ相模は何度見ても面白い。ソースがたっぷりかかった商品を受け取り、もとからとっていた壁側のソファーの席に向かい合って座る。
座るなり相模は写真を撮って一人で盛り上がっていた。ああでもないこうでもないといいながら写真を撮る相模をよそにキキはストローに口をつける。
「美味しい?」
向かいから相模が訪ねてきた。「うん、美味しいよ」と言った瞬間、キキは写真を撮られる。写真を撮られるのは慣れてるので構わないが、せめて一言とっていいか聞いてからでもいいんじゃないかと思うキキ。
「ちょっと、事務所通してよね」
笑いながら意地悪くキキがいうと、相模は笑っていた。
「ほら一緒に撮ろう、こっち来て」
相模はそう言ってキキを引き寄せる。口の前に飲み物を持って行き、二人で肩口を寄せて写真を撮る。これで恋人じゃないというのだから驚きだが、至って2人は健全な友達の関係だった。
やっと相模も飲み物に口をつけ、新作の味に良し悪しを述べて盛り上がる。今回の新作は2人とも一致で美味しいという結論に至った。
「食の好みがあう人とは相性がいいっていいけど、ほんとだと思わない?」
相模がそんなことを言うのでキキは少しドキッとしてしまった。相模は度々思っていたが、天然タラシの節があった。サラっとこういう物言いができてしまう。
「僕もそれは聞いたことあるよ。でもどっちかって言うと好きな食べ物じゃなくて、嫌いな食べ物だった気がするけど」
キキが照れ隠しにそういうと、相模は「へー」と興味深かそうに言った。そこから嫌いな食べ物の話になって、なぜそれが嫌いかと言う話になる。そうこうしていると予定している時間が差し迫っていた。この後は少し遠くのアウトレットに行く予定だった。
「キキお手洗い行ってきてもいい?先出てて」
相模が言うので、キキは「わかった」と言って席を立ち、一人で店の出入り口へ向かった。その道中、向かいから来た男性と肩がぶつかる。
「すまない、考え事をしていた」
男は顔も見ずにそういう。少し冷たい雰囲気の男にキキも形ばかりの言葉を返した。
「いえ、僕も余所見していたので」
(この匂いαか?)
男からはαのフェロモンの匂いがした。甘く微かに懐かしい匂い。キキが相手の横を過ぎ去ろうとしたとき、頭の上から聞こえてきたのは自分の名前だった。
「真白…?」
久しぶりに「キキ」じゃない自分の本名で呼ばれた。嫌な予感がする。キキの本名を知っている相手なんて限られていた。
心臓の拍動が加速し、どっと額から汗が噴き出す。怖いくらいに脈打ち、足がすくみ、動けない。キキは決してそれを悟られないように、素早く相手の顔を見ると、何年経っても忘れられない顔だった。嫌な予感は的中した、それは大人びた結城の顔だった。
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