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第16話

「…いえ人違いです」 キキは否定した。顔を整形してるのに、わかるわけがなかった。やり過ごせる、キキはそう思っていた。しかし結城は決定打を突きつけてくる。 「真白だろ?匂いでわかる。」 ナイフで脅されているような、そんな感覚だった。言い逃れができない、キキが真白だという確かな証拠だった。 (匂いでわかるはずなんてないのに!) しかしキキはそう叫びたい気分にかられた。なぜならキキは匂いが元から薄い。今日は上から香水をかけているから余計自身の匂いなんてありはしなかったからだ。 「人違いですって」 キキは結城がなぜ自分の匂いを識別できるのかわからない。早くこの場から消えたいキキはなんとか足を踏み出した。しかし結城に腕を掴まれる。振りほどこうにも力は想像以上に強く振りほどけなかった。じわじわと、掴まれたところから結城に侵食されている感覚に陥る。 「キキ、どうしたの?」 いつのまにか戻ってきていた相模が、スッとキキを側に引き寄せる。結城は手を離した。 相模は「知り合い?」と小声でキキに耳打ちをする。キキは首を振って、あくまでも知らぬ存ぜぬを突き通す。何も言いたくなかった。 相模もキキのその様子に何かを察したのか、機転をきかせて結城に言う。 「お兄さんたちの悪いナンパはダメだって。 そもそも俺らデート中なんだから邪魔しないで」 相模はキキの腰を抱き、いかに自分たちが親密であるかを相模に示す。咄嗟の出来事にキキは狼狽えた。結城の顔をちらりと見ると、苦虫を噛み締めたような顔をしている。それは俺のだと言わんばかりの結城の表情は、相模にはどう映っているのだろうか。 相模はじゃあといって、結城の横を通り抜ける。 「真白!!」 後ろから結城の呼ぶ声が聞こえたが、キキたちは聞こえないふりをした。 ◇◇◇ 「あれ誰?昔の男?」 少し不機嫌に相模が尋ねる。二人は予定をを変更してキキの自宅に来ていた。部屋に来る道中相模は何も聞かなかった。キキも何も聞かれなかったので、無言のまま過ごした。このまま何も聞かないでくれればいいのに、とキキは無責任にもそう思った。しかし、部屋に帰ってきてはそうはいかなかった。 「『真白』ってキキの本名、…?」 相模にそう聞かれ、コクンとうなづく。相模とは友達ではあるが、その実キキは何も身の上話などは一言も話してはいなかった。相模のことがなんでも知っているのに、自分は何も伝えていない。相模が知っているのは、仕事上の自分と少しばかりの素顔。それだけだった。相模はキキの本名さえ、この瞬間に初めて知ったのだった。 (今度は僕がさらけ出す番なのかもしれない) キキはそう決意し、重い口をやっと開いた。 「…そうだよ、あれはあいつ(真白)がずっと好きだった男だよ。βだった時から」

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