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第17話

◇◇◇ 「…そうだよ、あれは真白がずっと好きだった男だよ。βだった時から」 キキの口からそう告げられる。その言葉に相模はいくつか違和感をもった。最初に最も気になったことを相模は質問した。 「あの男が昔はβで今はαってこと?」 「そう。中学生までβで、その後の検査でαっだってわかった」 「話には聞いてたけど、本当にいるんだね。初めて会ったよ、バース性が変化したなんて」 「いや、彼もそうだけど…」 キキがぼそりとそう言う。 「彼もって…?」 「……真白も昔はΩじゃなくてβだった」 キキはあまりいいたくはなさそうに、他人事のようにそういった。相模はその言葉に全身がざわめいた。 (――キキはもとはβだった! 自分が憧れてやまない、バース性が変化した人間!) 目の前にその人間がいる。貴重種中の貴重種だ。今のキキは確かにオメガらしいというには、どこか違う。オメガは比較的小柄な子が多い、筋肉などが発達しにくいからだ。しかしキキは細い身体であることに変わりはないが、身長はβには及ばないまでも、他のΩよりは高かった。 「キキは、真白じゃないの…?」 相模はもう一つの疑問点をぶつけた。先程からキキは主語を「真白」としている。でもそれは一人称というよりは、真白の話をしているような言い方だった。 ( 「真白」と「キキ」は別人格なのかな) まるでキキは真白を知り合いのように話すのだ、自分の本名と認めた上で。キキも相模の拙い日本語ながら、何を聞きたいかわかったようだった。 「僕の本名はキキだけど、僕は真白じゃないんだ…。僕の話、聞いてくれる?」 キキは相模の目を見ていった。静かな部屋に2人の呼吸の音だけが反響する。キキから出る、殺気にも似た終末感を感じ、相模も生半可な気持ちでは聞いてはいけないのだなと感じた。 「俺に聞かせて。キキのほんとを」 相模がそう言うと、キキはゆっくり頷いた。そしてキキは自分_真白の話をし始める。 「真白は中学生までβだった。彼――結城と同様に高校に上がる手前の第二次バース性検査でΩだってわかった。それまで真白と結城は相思相愛だったんだけどβ同士だからお互い気持ちは伝えてなかった。だから、Ωとαだったってわかった時真白はすごく嬉しかった」 相模は当時のキキの嬉しそうな様子が目に浮かんだ。しかし話し方からしてそう上手くはいかなかったことはすぐに想像がついた。 「真白は結城にだけΩだって言った。結城が喜んでくれると思ったら、結城はもう既に運命の番と出会ってしまっていた。なんなら、早々に番ってたみたい」 「番うって、高校生くらいだろ」 「運命の番、だからじゃない?『お前にはもう何も感じない』って言われた。結城は真白の首を噛まなかった」 (それまで2人は相思相愛だったんだろ?そんな簡単に好きだった人を捨てられるものなのか?) そう聞きたいのに、キキに聞くのは酷だと思った。捨てられたから、キキは今こんなに悲しい顔をしているのだと相模は踏みとどまる。キキはそんな相模の顔を見て、「優しいね」と言った。 「真白はそれがきっかけで精神的異常をきたしちゃったんだよね。身体も相乗効果で弱っていって、簡単にいうとおかげで僕、子供産めないんだよね…」 お腹に手を当てながら、キキは儚げに微笑んだ。Ωにもかかわらず、子供が産めない。それが社会的にどう言うことなのかはキキが言わなくても相模ですらわかることだった。 「でも発情期は来てるだろ?」 「今は何年もかけてホルモン治療してるからね。でもそもそもが成長しきってない臓器だから、今でも産めなるかどうかわからない」 「…」 (現実とはそんなものなのだろうか。どうにもならないことなんだろうか) 相模は自分が安直にキキに羨望の眼差しを向けたことを反省した。何も思い通りになるからといって、幸せになるわけではなかったのだった。少なくとも、キキにとっては。

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