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第19話

キキとのあの日から数日後、相模の現場にキキ、いや真白の好きな男が現れた。相模の仕事のスポンサーとして――。 キキの昔の男が自分のスポンサー、しかも会社の次期社長とは思っても見なかった相模は嫌な汗が流れるのを感じた。どうやら男の名前は佐伯 結城というらしい。たしかにキキは「結城」と名前を出していた気がした。 先程から佐伯の視線を感じるが、それは先日のキキとのことだろうか。 (いやあの日は変装していたし 俺別に匂いとかないからバレないだろ) 相模もまた、バレないと高をくくっていた。少なくとも相模圭一としての面識は一度もないのだ。 業界に入ってから、相模は家族以外のαに結構な頻度で会うが、基本時に嫌な奴ばかりなのでなんとなく萎縮してしまう。しかし、ここでは俺もαだ、堂々としてなければならない。それが本当のαであろうとなかろうと。 撮影が終わり、まだ現場にいる相模が目に入る。マネージャーの神崎から「挨拶をなさい」といわれ、渋々挨拶をする。 「佐伯専務今ご挨拶よろしいでしょうか?」 「あぁ」 神崎が声をかけると佐伯は髪一つ揺らさず、返事をした。なんて冷たい、氷のような男なのだろうかと相模は思った。 「どうも、はじめまして。 この度イメージキャラクターを務めている相模圭一と申します」 相模がそういうと、佐伯は手を差し出してきた。相模はその手をとり、握手に答えた。 「君から声をかけてくれるとは思わなかった。 先日はどうも」 握手をしながら、佐伯が二人だけにわかるように言った。 (まさか気づかれた?でも何に) 「なんのことでしょう?」 相模はあくまでも知らないふりをする。その場の取り繕いだとしてもキキとの関係をバラされるのは噂がやっと収束した今相模には得策ではない。 「ここでは話せないようだから、 よかったら今夜私と食事でもどうかな。 君とゆっくり話をしてみたい」 佐伯は何か言いたいことがあるようで、断れないとはわかりながらそんな提案をしてくる。神崎の方を見ると「行け」という顔をしていた。相模は二つ返事で了承するしかなかった。得意の作り笑いを添えて。 場所を都内のホテルのレストランに移し、夜景をバックにグラスを鳴らす。形ばかりの乾杯もそこそこに、佐伯は本題を切り出した。 「…真白の件だが君は真白の本当に恋人なのか?」 二人きりの席では佐伯は比較的砕けた喋りのようだった。佐伯はいくつか自分よりも年上に見えた。30歳前後といった印象で、専務の役職にしては若すぎる気もするするが、能力主義の会社で親の会社ならそんなものかもしれないと相模は思った。 (というか、仮に佐伯さんが30歳だとしたら、キキは同級生なんだからキキも30歳…?) 相模はキキがもしかしたら自分よりも7歳も年上かもしれないという事実に1人驚いていた。キキはどこまでも謎だ。そういえば年齢は頑なに教えてくれなかったような気がする。 どこか上の空の様子の相模に、佐伯は「答えられないのか?」と返事を促す。 「…いえ。あれはあの場の嘘です」 「随分親しげだったが、別に嘘はつかなくていい。――君のスキャンダルには何も興味がないからな」 それと、私用な用件だから対等な立場で話してくれて構わない。佐伯はそう付け足した。相模は「そう言われましても…」と戸惑いながら、あの日の経緯を含め関係性を説明する。 「『キキ』としての彼と出かけたりすることは度々ありましたが、それは友人としてです。 真白、という彼の本名を知ったのもその先日で」 「へぇ…」 『真白』と相模が言った瞬間、佐伯が嫌そうな顔をする。慌てて相模はいい重ねる。 「深い間柄とか、ほんとそういうのじゃないんです。…あの、なんであの場にいたのが僕だって気づいたんですか。変装していたのに」 「それは、君がβなのにと言う意味かい?」 話題転換に出した疑問が、相模の核心をついた。無遠慮に踏み込んできたその言葉は相模の顔を翳らせるには十分だった。

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