22 / 41
第22話
相模がトイレから帰ってくると、スタジオがざわついていた。
「どうしたの?」
適当に周辺にいた知り合いのスタッフに聞いてみる。するとスタッフたちはみんな驚いた顔をして話し始めた。
「いやー、あのキキちゃんがお持ち帰りだよ」
「さっきこの仕事のお偉いさんがきててさ、そんで一緒にキキちゃん連れてでてったんだよ」
その言葉に相模は驚く。この仕事のお偉いさん、とはつまり佐伯のことを指していた。相模はこの仕事が決まってから若干の心配はしていたが、まさかそれが本当になるとは思っては見なかった。自分がいればまだ対処できるだろうと思っていたが、間が悪く自分が不在の時に佐伯が来てしまうのは誤算だった。
(いったいなんでキキは佐伯さんについて行ったんだ!)
相模は心の中で舌打ちをする。想定外なのは素直にキキが付いていったということ。現場の様子からするとついさっきといった感じだった。
トイレに行く前に見た、さっきまでキキがいたところに目を向けると吉澤がいた。吉澤も様子が飲み込めないようで相模は声をかける。
「吉澤さん、キキが出てったって聞いたけど?」
「相模くん!
私迎えにきたところで、何にも出かけるなんて聞いてなくて、携帯も繋がらないし…。
プライベーとはキキに任せてるけど、そういう子じゃないのになあ。何かあったのかしら。」
吉澤はとても心配していて、矢継ぎ早に喋る。吉澤にも知らせずキキは外に出たようだった。相模は吉澤に聞いた話にはなるがと言ってキキが佐伯と連れ立って出て行ったことを伝えた。
「佐伯さんっていうこの現場のスポンサーと出てったらしいけど」
「あぁ、佐伯さん?じゃあ身元がわかるだけ安全ね」
先ほどとは打って変わり、それを聞いて吉澤はいつものように穏やかに喋り始めた。安心しきった態度に相模は不安を覚える。誘拐ではないし、誰と出ていったかはわかったが、その「誰」と出ていったかが問題なのだ。
「安全って、佐伯さんはαだけどいいの?」
相模が必要最低限の情報として、不安材料を伝える。キキは多分吉澤にも何も話していないと相模は思ったからだった。すると横澤は驚いた顔をして相模に返した。
「相模くんもαだけど別にプライベートの交流は咎めてないでしょ。キキもいい年した大人だから」
吉澤の言うことは最もだった。相模は業界では「α」で通っている。Ωのキキとのプライベートの交流を吉澤は黙認している状態だった。自分は見逃されて、佐伯だけ指摘するのはどうなのだということなんだろう。そこに否定的な意味じゃなくても。しかし事情を知る相模にとってはなんとしても佐伯とキキを二人きりにするのは避けたかった。
(でもなんで?俺こんなに焦ってる?)
キキが他の男、元カレと出ていったとしても何も問題はない。なぜなら相模とキキは恋人ではないからだ。でも相模はただ焦っていた。独占欲ではなく、盗られるという焦燥感だけがあった。
「いい大人って言いましたけど、キキって何歳なんですか…?」
話は一旦終わり、何の手立ても立てられないので佐伯とキキの話については終わる。話の流れで、今まで本人に聞けなかったことの一つを相模は聞いてみる。仲良くしていたが年齢についてはなぜか聞けなかった。
「え、26であなたより3歳上よ」
吉澤はいとも簡単にキキも年齢を教えてくれた。最高機密の一つではないのかと思いながら、そして吉澤が年齢を知っているくらいなのだからキキの中でももしかしたら秘密の優先順位としては低かったのかもしれない。
(キキのあの見た目から年下か同い年ぐらいだと思っていたが、3歳も年上だったのか。)
佐伯と同級生なのだからそんなはずはないのだが、知っていてもそうとしか思えなかった。何にせよ年齢不詳だと相模は思った。キキの中性的な顔立ちは童顔と言うよりは大人びた顔をしている。でもいうならちょっとスレたティーンといった感じであどけなさは破片として残っているような、儚さとは違った脆さがあると言うような。
「もうそろそろ27になるはず」
さらに横澤は情報を開示する。キキは実質4歳相模の年上ということになる。
「聞いた本人が言うのもなんですけど
キキの年齢非公開じゃなかったですっけ?」
相模が言うと吉澤の顔がみるみる青くなっていく。吉澤はキキのミステリアスキャラ、を思い出したようだった。
「あ…しまった。他言無用でお願いします…」
スタジオの隅で吉澤が小さく言った。
ともだちにシェアしよう!