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第23話
キキは佐伯に腕を引かれて、車に乗せられた。後部座席に佐伯と横並びに座る。運転する男の顔は見えなかった。
「車を出してくれ」
佐伯がそういうと運転手は行き先も聞かずに車を出した。佐伯とは移動中一言も会話をしていない。
「どこへ行くの」
キキが聞いても佐伯は答えなかった。気まずい雰囲気が流れたままで、佐伯は窓の外を見つめるだけだった。改めて佐伯をみると、やはり大人びていて、昔の面影はわずかばかり残すだけだった。未練がましくも、真白は卒業式の日に結城のことを物陰から見ていた。あの日心の中で別れを告げたのだった。
『さようなら』
結城は下級生の番いと寄り添いながら友人たちに囲まれてた。桜に彩られながら、真白だけそれをただ恨めしげに見ていた。
(そりゃそうか、8年も経つんだから…)
最後に見たあの日から、佐伯も変わったんだと思った。スーツも板につき、立派な社会人といった雰囲気であった。自分も、また、8年前とは違うとキキは嘲笑したい気分だった。
佐伯の目には自分がどう映っているのだろうか。まだ真白に映っているならなんて滑稽だろう。逃れたい呪縛を、隣の男が息を吹き帰らせようとしているのだった。
やがて車はどこかのホテルの駐車場へ入った。
「降りるぞ」
佐伯が扉を開けて、手を差し出す。別にもう逃げるつもりはキキにはなかった。その手を払いのけて、キキは車から降りる。
「一人で降りれる」
「そうか」
降りたキキの腰を抱き、さも当然といったように歩き始める佐伯。キキが何も言わないのを同意ととったのか、なんとも横柄な態度だった。
「食事は?お腹は減っているか?」
「…気分じゃない」
キキがそう答えると会話はそこで終わってしまった。エントランスで手続きすることもなく、奥にあるVIP用のエレベーターで最上階に上がる。すっかり夜になっていて、ガラス張りのエレベーターからは夜景が見えた。その夜景は綺麗なはずなのに、一つも心は動かなかった。
佐伯にエスコートされるまま、キキはフロアの一室に入る。入るなり、佐伯にキスされる。壁に押し付けられ、唇を貪られた。佐伯とは当時キス一つしたこともなかったのに、容易くそれを奪ってくる。キキの気持ちの何もかもを無視して。歯をこじ開けて、佐伯の舌がキキの口内を蹂躙し始める。
「んっ…っふ、」
キキはそれに応えることなく、ことが過ぎるのを待った。離れた口から漏れるのは乾いた吐息だけで、佐伯は構わない様子でいる。この熱情に流されるのも、悪くないのかもしれない。佐伯 のフェロモンに充てられたからか、それとも自分が真白 だからか、なぜそんなことを思うのかキキには分からなかった。一瞬相模の純粋無垢な笑顔が浮かんで、花火のように消えた。
「どうして好きでもないのに僕を抱いたの」
灯りを落とした閨で背中越しにキキは結城に問う。キスの後二人はベットに移動し、身体をつなげた。8年越しに身を結んだというのに、そこには会話も何もない。本当に何もなかった。
結城の愛撫はどこまでも優しく、決して無体を働いてはいなかった。キキの身体を溶かし、お互い最後は快感を貪ったのに、心だけは依然として遠かった。
「番がいるくせに、ゲス野郎」
そんな状況で甘いピロートークが始まるわけはなく、キキは結城を詰る。もっとたくさん聞きたいことがあるのに、恨み言しか出てこなかった。
「真白」
キキに対し、結城は変わらず真白と声をかけてくる。ここにきてキキの感情が爆発した。ずっと我慢していた「自分」の気持ちを吐き出す。
「真白じゃない!僕はキキ、キキなのに…」
泣きじゃくるキキを後ろからそっと結城が抱き寄せる。体を繋げても相変わらず冷たい手が嫌に癪に触る。結城がキキの事情など知る由も無いことは、キキだってわかっていた。自分がもう真白じゃないということを結城は知らないのだ。啜り泣くキキに結城は謝罪の言葉を述べる。
「真白…。俺を許してくれ。」
「後悔してるんならなおさら…!」
結城の言葉に怒りが湧き言い返そうとする。その時ふっと切れたようにキキの意識が飛んだ。一瞬のうちに目つきが変わり、キキをそれまで包んでいた雰囲気がより強い憎悪に変化する――そこに現れたのは真白だった。
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