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第25.5話

今日もまた佐伯がキキのことを迎えに来ていた。ちょうどキキは今衣装を着替えている最中で、相模はその隙に佐伯に声をかけた。 「お時間よろしいですか?ここではできないので、少し外で」 佐伯は素直にその言葉に従った。二人で連れ立って、撮影所の裏にある休憩所を兼ねたバルコニーに出る。 「君が俺に話なんて珍しい、あらかた真白のことだと思うが」 佐伯は自分が何を聞かれるのかわかっている様子だった。話は早いと、相模も遠慮せずに言う。 「キキのこと、好きなんですか」 「君も真白とキキの関係性について知っているのか。随分真白は君に気を許しているようだな」 「君も」と言うのだから、佐伯もそのことを知っているのだろうと相模は容易に想像がついた。 (キキは頑なに隠していた事実を佐伯さんには簡単に話したのか…) 相模の中で負の感情が渦巻く。キキが相模に嘘をついてからそれはずっと大きくなり続けていた。二人だけの問題なのだから、自分は口を挟むべきじゃないと相模は思うのに、どこかキキの寂しげな表情を見ると言わずにはいられなかった。 「キキのことを、苦しめないであげて欲しいんです。2人がよりを戻すなら、俺はそれについて何も言いません。でも、キキも、幸せにしてあげて欲しいんです」 相模はそう言って真っ向から佐伯を見つめる。その言葉に嘘偽りは一つもなかった。 「君のその言葉は、キキの友人としてかな?」 佐伯は意地悪く相模にそう訊く。相模は頷くしかなかった。相模はまだ自分のこのキキに対する感情に友情以上の名前はつけることができなかった。 「肝に命じておくよ、俺も真白を泣かせたいわけじゃない。キキも、真白の一部だと言うなら受け入れざる得ないだろう」 「ちがう、キキは真白の一部なんかじゃっ…――」 「何一つとして違うことなんかないさ。俺から見たら真白が本当の姿で、君から見ればキキが本当の姿というだけで」 「違う、キキが生まれた理由をあなたは知らない!!」 「…言いたいことはそれだけか?」 まるで相手にされていない、相模はそう思った。「じゃあこれで」そう言って佐伯は室内に戻っていく。相模は連れ立って帰る2人の姿をバルコニーからただ呆然と眺めていた。 寂しげに笑うキキの顔は忘れることにした。もう自分の知っているキキが帰ってこないような気がして相模は1人どうしようもない気持ちに駆られたのだった。 次第に佐伯への嫉妬はキキへの怒りに変わっていった。クランクアップにもかかわらずキキは早退したようだった。スタッフたちにお疲れ様と労いの言葉をかけてもらうが相模の心労は尽きない。 (キキは大丈夫だろうか) 佐伯と一度話をしてからは、警戒されているのかキキに話しかけようとするたび佐伯に割って入られた。しまいには時間帯をずらすように指示したりと、佐伯はキキのことになると歯止めが効かないらしい。結局一緒の仕事をしているのに、最後の方はあまり一緒に写真を撮ることさえなかった。 (煽ったのは俺か) 自分があんな挑発的な態度をとったからだろうか。以前佐伯と会食中に自分が放った言葉を思い出す。 『なんで噛んであげなかったんですか』 その言葉が佐伯の心に火をつけてしまったのだろうか。キキのことが気がかりで何度か携帯に連絡を入れているが既読さえつかない。吉澤も現場に顔を出さなくなってしまったので確認のしようがなかった。 αの独占欲は凄いと聞くが、ここまでなのかとそのすごさをまざまざと思い知らされる。 (でもキキが幸せならそれで、…。) 「なあ真白、お前はキキを幸せにしてあげられないのか」 相模は1人またバルコニーで外を眺めながら呟いた。相模はキキの中の真白とは話したことはない。キキを通して真白の話を聞いただけに過ぎない。それでも、キキと真白が独立した存在であることは理解していた。 厄介なのは真白が佐伯のことをまだ好きなことだ。キキのあの口ぶりからは、真白は佐伯に対してまだ未練タラタラなのだろう。そして今、目の前にその男が両手を広げて待ってるんだから着いていかない方がおかしかった。 「頼むから幸せと言ってくれ、」 相模の中でもまたキキと真白の区別が曖昧になってきていた。マネージャーの神崎に声をかけられバルコニーを後にする。キキと一緒に仕事をした一室を通り過ぎた。

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