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第26話

「佐伯さんは、なんでホテルに住んでるんですか」 真白がそう聞いてきた。佐伯とキキは今最初に来たホテルの最上階にいる。佐伯はそこに寝泊まりしていて、住居として使っていた。 (「佐伯さん」というから今は真白ではなく、キキか) 佐伯は話し方や呼ばれ方でキキと真白の違いを判別している。半ば強引に囲い込んで早三週間。最初の頃はキキと接する方が多かったが、仕事が終わってからは真白と話す機会が多くなっていった。今日は起きた時は真白だったのに、今しがたキキに切り替わったようだった。 「あまり、家には帰りたくなくて。家にいると彼を思い出すから。」 ホテル住まいではあるが、所帯持ちではあったので家はある。庭付きの3階建てだった。番いと一緒に選んだ、家。思い出に溢れるはずだった家だ。売りにも出せず、帰ることもできずひっそりと今も残してある。 「…お子さんは、いないんですか。番いがいたでしょう、高校に上がった時にはすでに」 「たしかに番いはいたし、結婚も彼が成人してからしたが、子供はできなかった」 その言葉にキキの肩口が揺れる。遠慮がちに聞いてくる、気になるのは当然だと佐伯は思ったので特に何事もないように答えた。 「できなかった…?」 「彼は妊娠ができるけど、子宮じゃなくて卵管で受精してしまう体質だったようで。自然妊娠では難しくて、数年不妊治療に励んだが子供はできなかった。全く別の病気にかかってしまって、去年亡くなったんだ」 キキはその話を聞きながら、自身のお腹を撫でる。キキはΩだから思うことがあるのか、彼に同情しているように佐伯には見えた。 「やっぱり、子供は欲しいものなのか?」 佐伯がそう問うと、キキは「まぁ…オメガならそうじゃないですか」と人ごとのように答える。 「佐伯さんも、子供欲しかったんじゃないですか?」 「いや、俺としては彼さえいればよかったから、子供がいなくてもよかったんだ。無理に不妊治療なんかしなくても、俺のように後継なら他からいくらでも養子として取ってこれる」 「養子って、佐伯さんは苗字も何も変わっていないでしょう?」 キキが新たな疑問を言う。キキと接していてわかることは、昔の真白の記憶をキキは引き継いでいると言うこと。明確な境目は、本当は自身たちの意識だけじゃないのかと言うほど、その境界は他者からは曖昧だった。 「αだとわかって本家に引き取られたんだよ。そもそものいた家が分家の親戚の家で、育ての親なんだ。もとは本家の生まれで幼い時養子に出されたんだ」 「どう言うこと?」 「生まれた時から本当は俺、αだったんだ。でも当時役員だった叔父たちが画策して俺のバース性をβだと偽った。俺がαだったら継承権が叔父に渡らない状況で。二回目のバース性検査は俺が診断結果を勝手にその場で開けてしまったものだから、すり替えることができなかったんだ」 「佐伯さんはβじゃなかった…。」 「βだからと本家から分家に養子に出された俺は、αだとわかった途端本家に連れ戻された。本家はこっちにあるから、高校卒業を待って大学進学と同時に出てきた。苗字は変わらないから佐伯姓のままだ」 やんごとなき家に生まれた宿命なのか、社内政治に巻き込まれてしまった。バース性で簡単に自分の将来や生き方が左右されてしまっている。佐伯もまた、バース性に踊らされる1人の人間だった。キキは初めて聞く佐伯自身の話に驚きを隠せないようだった。自分たちは高校生に上がる頃から疎遠になり始め、卒業の頃には全くと言っていいほど顔は合わせなくなったのだから。ふと佐伯は一時期真白が学校に来ていなかったことを思いだした。佐伯もまた、真白のことを気にかけながら学園生活を過ごしていた。 「真白のことを聞いていいか?」 佐伯がそういうと、キキは迷った後こくんと頷いた。 「一時期真白が学校に来ていなかったが、何かあったのか?」 「…それは、答えられません。僕の口からは、ごめんなさい」 「いや、謝ることはない。では、君の話を聞いてもいいか?」 「僕の話?」 キョトンとするキキに佐伯はそれ以上にキョトンとなる。佐伯がキキに対して興味を持つことがキキには不思議なようだった。 「君はなんで、生まれてきたのか聞いていいかい」そう聞こうとして、やはりやめた。 「いや、なんでもない。今日はもうゆっくりやすみなさい」 そう言って佐伯は寝室を後にした。「今日は抱かないのか」とキキに聞かれたが、そんな気分ではなかった。穏やかに話はできたのは久しぶりな気がした、まして番いのことを人に話すのは初めてだった気がする。 『キキを幸せにしてください』 相模のその言葉の意味がわかった気がしたのと同時に、少し荷が重く感じた。佐伯が執着しているのは言ってしまえは真白だけだ。キキと話すことで、キキに対してわく情はたしかにあった。しかし、それが真白に向ける気持ちと同じかと聞かれると否と答えるしかなかった。

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