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第28話

顔合わせが終わり、相模は色川と久しぶりにのみに行くことになった。食べて飲んで、仕事の話をした。夜もいい時間になったので、場がお開きになり駅まで色川と隣り合って歩く。 「今日さ言ってた“変なの”のことなんだけどさ」 色川が口を開いた。 「俺がさ、こういう男だって知らなくて、『キャラが違いすぎる』って言われた。それは付き合うやつに毎回言われるけど、なんかそいつのそれはちょっと堪えたな。」 「なんで?」 色川はαで男女ともにモテまくるし、バース性問わずそういう意味では人気だ。色川も恋愛を楽しみたいと思っているので、恋人には全てをさらけ出すそうなのだが、相手からすると俳優の色川に惚れてるわけだからいつもフラれるらしい。毎度別れるたび相模は相談に乗る。 いい加減色川も学習したらいいんじゃないだろうか、とは相模は思っていても言わない。 「俺のことあんなに好き好きって追い回して 俺の専属マネージャーになったくせに、本性知った途端尻尾巻いて怯えてんの。」 「好きすきってなに?ストーカー?」 「…いや元ファン」 「ファンの子に手を出したのか!?色川攻めすぎじゃないか?」 色川が元とはいえファンの子に手を出すのは初めてだった。その相手はファンから専属マネージャーになるくらいなのだからよほど「俳優の」色川のことが大好きだったんだろうと相模は思った。 (そりゃ現実の色川がクール系じゃないってなると、悲しくもなるよ) 色川に人間的な問題は全くないのだが、その子のことを思うと相模は気の毒な気持ちになった。それまで崇拝していたものが目の前の本人によって覆えされるのは相当堪えただろう。相模はその見もしない子のことを心配して色川に優しくたしなめる。 「男?女?どちらにせよあんまりいじめちゃダメだよ色川」 「男のオメガ」 その言葉に相模はピンときた。色川がこれほどまでに気にかけるなら、その相手はそうなのかもしれないと。しかし色川はそれを簡単に否定した。 「……もしかして運命のつがい?」 「いや、違うな。別にほかのオメガと変わらない」 「匂いがってこと?」 「そう。でもオメガではっきり俺を否定するやつは初めてだからちょっと興味は持ってる。『嫌い』って言われたの初めてかも。 …でもそれ以上でもそれ以下でもないかな」 色川はαの中でも今時珍しいいわゆる運命の番信者だ(もう1人該当する節のある人物はいるが)。運命の番と番うにはαΩ共に出会う確率が低く効率が悪い。だから好き合った相手と番う方が主流なのだ。稀に色川のように「結婚するのは運命じゃなきゃやだ!」という信念を持つαもいる、という具合なだけで。 色川曰く大体のΩは匂いの濃い薄いはあれど、甘い匂いという一辺倒なもので終わってしまうらしい。それが好みの匂いであればより遺伝子レベルで相性が良く、運命の番にもなるととてもいい匂いがするらしい、と相模は教えてもらった。色川も嗅いだことはないので、いわば都市伝説的なものであるが、αとΩの間では信じられていることだった。 「色川のその運命のつがい云々はどこまで本気なの?」 「どういうこと?」 「昔さ映画で『運命が幸せにしてくれるか』が 主題のやつがあったじゃん。それは運命だけが幸せじゃない、ってことだったけど。 でも実際運命のせいで不幸になる人もいるじゃん。そのマネージャーだってお前の本性知っても、運命だったらそんなのどうでもいいくらいより好きになれるんだろ?いやその場合不幸せなのか…?」 相模がいうその映画はひと昔前に公開された不朽の名作と言われる部類のものだった。結末としては主人公のΩは駆け落ちしたαと無理心中をして死んでしまう。2人は運命の番いでαはΩを愛していたが、Ωは別に好きなαの男がいた。しかしその男にも運命の番がいて…という悲哀の物語だった。最後に主人公の想い人であるαは主人公の気持ちを知って、「実は俺も好きだったよ」ということを独白するのだった。 その語りは妙に自分たちの状況に重なる。なのでキキを見ていると「幸せ」が何であるのかを相模は考える。何がというより、誰の幸せなのかを。 「つがいだからより好きって、また違うと俺は思うけど。より強く惹かれあったり、離れがたくなるだけで、実際そこにはなんの感情も無いのかもしれない」 さらに色川は続けた。 「過去に付き合った相手の方が何倍も好きかもしれないぜ」 恋多き男色川らしい答えだと相模は思った。初恋の人や初めて付き合った人など、過去に付き合った人の方が印象に残っていることはある。相模にも思い当たる苦い思い出があった。 (過去に付き合った相手の方が何倍も) 自分にとってキキはどういう存在なんだろうと相模は考えた。一緒にいて楽しいし、笑った顔が可愛いと思う。 (でも彼はΩで…) 相模のことを恋愛対象とは見ていない様子だった。自分は無意識のうちにΩだからとキキをそういう対象として見ていたのかもしれない。多くはないとはいえ、βは男女のβ同士が一番一般的だが、Ωとβ、αとβのカップルも世の中には存在している。βは異性としか子供を作れない。パートナーがΩの場合だけ、男のβであれば子供を作ることは可能だった。 「運命ってなんなんだろうな…」 独り言のように相模は呟く。 (自分には関係のない話だ。だって自分は本当はβなのだから) 運命の番は自分にはいない、だからその感覚はわからない。好きな人と一緒にいたいと思いのは愚かなことなのだろうかと相模は思った。 その時ふと鼻腔を覚えのある香りが掠めた。 「キキ…?」

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