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第29話
相模は立ち止まって周囲を巡らせたが、キキの姿は見当たらなかった。
(居たところで自分は何をするつもりだった?)
夜の繁華街にキキがいるわけがなかった。キキは今も佐伯といるに違いないのだから。
「何?どうしたの相模」
立ち止まった相模に気づかず、先を歩いていた色川が戻ってくる。色川が不思議そうに尋ねてきた。相模は端的に答える。
「キキの匂いがした気がしただけ」
気のせいだったといい再び並んで歩き始める。横を歩く色川が興味深そうな顔をしているのが見えた。「なんだよ」と相模は聞いた。
「キキと本当仲いいんだな。俺アルファだけど、お前と違ってあの子から何も香りがしないんだよね。ほかの奴にも聞いたけどほとんどないに等しいな。」
キキもとい真白の身体の事情を知っている相模は戸惑った。アルファではない自分が感じる匂いは、そもそもフェロモンの類ではない気がする。体臭といってしまうと俗物的なような気もするが、そう言う方が適切かもしれない。それほどまでにキキと一緒にいることが多かったのだった。
黙り込む相模を尻目に色川は続ける。
「オメガの子が匂いしないって言うのは元からの体質も若干はあるけど大体強い薬を常用してる子がほとんど。しちゃダメだけど、芸能界にいる子には多い。でもそれでも多少はするんだけど、キキは極端に薄い」
見当違いの推測を語る色川に相模は何も言わなかった。キキの匂いのしない理由はどちらかというと前者で、それを伝える道理は相模にはなかった。色川は何も言わない相模の前に回り込んで、相模の顔に前で人差し指を立ててみせた。
「…つまりお前ら実は運命のつがいだったりして」
そして色川がドヤ顔でそういった。しかし、相模は否定する。最後の一言を。
「いや、それはないかな」
それはないのだ。
――なぜなら俺がβだから。
事情をしらない色川は面白がっている。どうやら相模が照れ隠ししているように見えるらしい。どうにもうざったくて相模も口を開く。自分たちはそんな関係の上にはそもそも立っていないのに。
「俺はアルファとかオメガって言うだけで惹かれるものではないと思うけど」
相模が拗ねたように色川に意見した。我ながら子供っぽいなと相模は思った。色川はそんな相模の心情など御構い無しに相模にとって酷な質問をする。
「キキが嫌い?」
(嫌いじゃない、むしろ俺は…)
色川のその言葉に、脳裏になにかがきらめいた気がして、相模は慌ててそれをかき消す。冷静を装って相模は質問に答えた。
「嫌いとかじゃなくて、キキにも好きなやつがいるってことだよ。同じアルファでも」
そんなもんかな、と色川が言った。その後特に会話は続かず駅で色川と別れた。
帰りの電車で相模は高校生の時の苦い思い出を振り返っていた。当時相模は同じクラスのβの女の子と付き合っていた。ある日その彼女が「相模くんがαなら、もっと自慢の彼氏だったのに」といった。彼女は特に自慢したい以上の感情はなかったのだろうとは思うが、家族の中で唯一のβだったこともあり相模のαへの劣等感はその時確かに植え付けられたような気がする。芸能人や有名人以外の人はαじゃない限りバース性は公表するものではそもそもない。相模は当時友人たちからもαだと思われている節はあった。彼女は相模の本当のバース性を知っているが、彼女の目には自分がどういう風に映っているんだろう。
(高校生の時はβだって嘘ついてたのねって言うのかな)
仮に事務所が彼女のリークをもみ消しているのか、彼女が相模に興味がないのかはわからない。バレるのは時間の問題なのかもしれない、その意識は常にあった。
(αになりたいわけじゃない)
でも、αだったらもう少し上手く立ち回れたのではないかと相模は思ってしまうのだ。またいつかのように電車の窓に映る自分を見る。
「相模圭一なら、どうするの?」
そう、自分に問いかけた。
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