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第30話
「相模!」
撮影に入ってはや1ヶ月。撮影中は仕事量を減らしているのでキキと会う機会がさらに減る。会えていない現状は以前から変わりがないが機会があるのとないではまた意味は違ってくる。
一度忙しい合間を縫ってキキの自宅にも行ったが人がいる様子はなかった。
相模がめっきり会うのは色川なのだが、今日はいつもより食い気味に声をかけられた。
「どうしたんだ色川」
挨拶もなく慌てて駆け寄ってくる色川
「相模最近キキにあった!?」
「会ってないけどどうしたんだよ」
すごい形相で色川が言うものだから、胸の内がざわつく。嫌な予感と、あらかたの予想がついていてどこか予見した答えを待っている自分がいた。
「この前撮影現場を覗く機会があって、そしたらキキ痩せ細ってて痛々しかったんだけど。相模なんか知ってる?」
「…いや」
相模は心の中で歯噛みする。佐伯に頼んだのに、どうやら佐伯は相模との約束を守ってくれていないようだった。
『キキを幸せにしてほしい』
(どうしてそれができないんだろう。自分にも、あの人 にも)
「すれ違ったら濃いアルファの匂いが付いてたから恋人関係だって。助けてやれよ友達だろ?」
色川は何も知らない。なにも知らないからこそ
相模に助けろという。それがどんなに酷なことかも知りはしないで。キキは目の前で、佐伯の手をとり自分の元から去ってしまったのだ。そして手を差し伸べているのは、キキのことを、厳密にいうと真白だが、愛している男なのだ。
「キキがしたくてそうしてることに俺は何も言えないよ」
相模のその投げやりな一言が色川の地雷を踏み抜いた。色川は相模の胸ぐら掴みあげ人気のないところへと引っ張っていく。ざわつく現場をよそにづかづかと色川は歩いて外に引っ張っていく。外に出た途端相模は投げ出される。フェンスに背中が当たり、カシャンと乾いた音を立てた。
「キキがキキがって、なにお前振られたの?」
色川の横柄な言い方に相模も頭に血がのぼる。普段めったなことで相模は声を荒げたりしない。人の気持ちに土足で踏み込んでくる色川に対して気持ちをぶちまけた。
「振られてねえよ!告白さえしてない!
自分の気持ちに気付いたのだって最近で…!!」
前髪をぐしゃぐしゃに掻き乱しながら相模は叫ぶ。色川は変わらず、相模のことを憐れんだ目で見ている。その目に耐えられなくて、しゃがみこんで視界の中から色川を外す。
(そんな目で俺を見ないでくれ…!)
嫉妬むき出しの感情を、力無い声で弱々しく相模は吐き出す。
「キキは佐伯 が好きなんだ、俺じゃない」
「それで?そうやってキキが居なくなってお前はそれでいいの?」
挑発的な色川の態度は変わらない。むしろ煽っている様子だった。
「なにも知らないくせに!!」
「なにも知らないよ!俺にはお前がどうしたいのか全然わからない。キキの話をすれば心配した顔をするくせに、他人事みたいにどうでもいいって口ばっかり」
「色川に俺たちのことは関係ないだろ!」
「関係あるさ!俺とお前は友達だろ?お前が困ってるなら助けになりたいと思うのは当然じゃないか!」
どうやら色川なりに相模を心配していたのだ。他人から見た相模はどうやら自身の想像以上に弱っていたらしい。そういえば最近は食欲もないし、あまり睡眠も満足に取れていなかった。仕事が忙しいせいだと思っていたが、実際は心労によるものだった。
「好きなら正直になれよ、相模。」
色川は相模にそう言った。相模は泣きたい気持ちに駆られたが、今から撮影があるので泣くことは許されなかった。色川も察したのか、しゃがんで膝をつき、相模の背中を優しく撫でた。
「怒鳴って悪かった。俺はお前が最近生き生きしてて嬉しかったんだ。わざわざ休みの日にどこの店に行ったとか報告くれてただろ。いい人ができたんだなっておもった」
キキとオフの度出かけていた際に、相模は色々と色川にお店を教えてもらったりしていた。誰と行ったかなど一言も伝えていないのに、全部キキと行ったことは色川にはわかっていたようだった。
「でもまた、キキと離れてからお前は前のハリボテの相模圭一に戻ってしまった気がしたんだ。…キキといるお前は本当にいい表情だよ」
「 少し撮影ずらしてもらえるように言っておくから、気持ち整理してから来いよ」と言って先に色川は中へ入っていった。
もしかしたら、色川は相模のバース性気づいているかもしれなかった。知っていて、言わない。それが色川の優しさだからだ。色川のいう『ハリボテの相模圭一』がバース性を指すのかはわからないが、確かに今の自分はただの腑抜けだと相模は思った。
(今できる、最大限をしよう…!)
相模にもう、迷いはなかった。
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