34 / 41
第32話
次に目がさめるとキキはどこにもいなくなっていて、真白がベットにいた。真白は首輪に対して不服を感じているようだった。
(どうして結城もキキのいうことなんて聞くんだろう)
結城は真白のことが好きなのだから、遠慮などせず噛めばいいのに。キキが薬を飲むせいで、発情期はやってこない。真白はこの首輪の解除方法がわからない、そして話によると結城もだ。とりあえず真白は手当たり次第に部屋を探してみたが、鍵はどこにも見つからなかった。
「お前どうすんの、仕事まだあるだろ」
(そういえば仕事の時は秘書にとらせるとか言ってたから、管理してるのはそいつか。でも仕事の時はキキに出てきてもらわないと困る)
キキが自分の意思で首輪を願ったのだから、キキが自分で鍵を奪うことはないだろう。つまり、真白 が佐伯と番う日は来ない――。
今朝に真白は結城に首輪を取るよう頼んでみたが、結城は取ってはくれなかった。それどころか少しよそよそしい態度で真白に接していた気がする。帰ってからもその態度は変わらず、日に日に結城は真白の知らない人になっていくようだった。抱きもするし、好きだとも佐伯は変わらずに言うが、どこか真白を通して違う人を見ているようだった。
真白は薄々気づいていた。佐伯の興味がもう自分にない事を。それが、腐れ縁のようなものに形を変えてしまったことも。
キキはもう仕事を新規に取ってはいなかったようで最後の仕事を終えてから、まるで表には出てこなくなった。自分がいなくなることがわかっていたように、仕事は整理されていた。自分たちはお互いに記憶でしか呼びかけることはできない。直接呼びかけたところで、キキが返事してくれることはないのだ。
「お前はどうしたいの?俺もう、わかんないよ…」
( 自分はまた佐伯にいずれ捨てられてしまう。キキ にも捨てられてしまったら、どうやって俺は生きていけばいいの?)
真白は自分が消えてからの8年をキキという存在に助けられていた事を嫌と言う程思い知った。いい子にするから、と言ったところでもうキキも戻っては来てくれない。
結城も真白の扱いに困るところがあるようで、手放すことは決してしないが、前みたいな情熱と言えるようなものは真白に対して向けられていなかった。
真白はそれがキキの意思ならと、首輪を受け入れることにした。日がな一日を結城の帰りを待つだけに使う。――いつか結城が自分を捨てる日が来てしまうことに怯えながら。それが真白ができるキキに対しての贖罪だった。
◇◇◇
そんななか相模の熱愛が報道された。気晴らしに点けたテレビを通して真白はそれを知った。「新恋人は一般人」「Ω」のテロップが出る。
その瞬間真白は鈍器で殴られたような感覚に陥った。
(まさか!相模が!)
近くにあったジャケットを羽織り外へ出た。居ても立っても居られない。ホテルだから鍵は閉めずともかかる。何も問題はなかった。頭の中には結城なんてなくて、ただただ相模のことだけを考えた。衝動だけが突き動かしていた。
――とうとう雨が降り出した。
相模のマンションは以前に行った時に覚えている。やっとの思いでついたものの防犯システム上は中には入れなかった。
(インターフォンをならそうにも部屋番号がわからない)
勢いで来てしまったが、今相模は熱愛報道が出ていて、記者が張り込みしてるかもしれない。その可能性を考えずに、何も変装せずにきたのは間違いだったと後悔した。
(自分はもう相模と会えないかもしれない。
恋人ができた相模は自分になんかかまってくれなくて、ほかの男に囲われている自分侮蔑してるかもしれない)
どんどん悲しい気持ちが溢れてきて止まらなくなる。外にもかかわらず、鼻をすすりながら涙をボロボロこぼす。不意に相模が脳裏に浮かんで堪らなくなった。
自分はいつの間にか相模が好きだったんだ、とそう思った。
◇◇◇
「雨か…」
車でホテルへ帰っていると、窓に雨の雫が立った。徐々に雨足は強まっているようだった。今夜は冷えるかも知れない。ホテルだから空調設備は完璧だが、真白は寒がってはいないだろうかと佐伯は心配になる。佐伯はもう、キキがあの部屋にいないことは知っていた。いるのは、好きだった真白だけだった。やっと真白が自分のものになって、喜ぶべきなのに佐伯は少しも嬉しくはなかった。
佐伯が部屋に着き、中へ入ると真白の姿がない。電話は部屋に置いていっているようだった。隈なく部屋を探すが、どこににも見当たらない。かなり急いで出て行った様子で、テレビもつけっぱなしだった。
(真白が自分の意思で出て行くとは考えづらい。
…となると)
佐伯は携帯を取り出し、キキのマネージャーに電話をかける。
『吉澤の携帯です。どうかしましたか?』
「キキがそっちに戻っていないか、今帰ってきたらいなくなっていて」
吉澤は至急確認して折り返すと言った。しばらくして折り返しの電話がかかってきた。どうやら事務所に立ち寄った様子もなく、家も確認したがどこにもいないらしい。
防犯上攫われた可能性は0なので、「キキ」が自分の意思で出て行ったことに違いなかった。
「君もまた、俺の前から姿を消すのか…?」
空っぽの部屋で立ち尽くす佐伯に、秘書の男が声をかけた。
「もういい加減終わりになさってはどうですか」
ともだちにシェアしよう!