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【後日談】愛を伝える日・上
後日キキの事務所に佐伯の秘書と名乗る男が
事務所に菓子折りを持ってきた。
「こちら佐伯様からキキ様宛に」
差し出されたのは一通の手紙だった。
「『もう声も聞きたくないとは思うが、
勝手だが受け取ってほしい』とおっしゃってました」
「はぁ、」
キキは佐伯の住居から突然姿を消した。なんらかのアクションをとってくるとは予想していた。しかし、佐伯がたった1通の手紙だけを寄越すとはあまりにも拍子抜けだった。
「申し遅れました、私 秘書の松尾と申します。こちらキキ様のお荷物です――『鍵』以外はこちらで処分いたしましょうか?」
松尾が机の上に結城の部屋に残してきた、何着かの服や小物類、そしてケースに入った鍵を並べた。キキは、鍵に目をやる。それは自分が今最も探していたものだった。
「荷物は処分してください――あなたが持ってたんですね、首輪 の鍵」
実はキキの記憶はところどころ欠如している。なぜ自分が今首輪をつけているかわからなかった。真白に身体を明け渡してからの一番直近の記憶は自分が相模の家のロビーで呆然としているところからだった。真白の記憶を覗き込みながら、断片的に話を組み立てる。よほど真白にも衝撃的だったのか「相模、新恋人」の情報だけは鮮明だったが。しかし、キキはそれ以前の自身が願い出て首輪をつけるに至った経緯を知らない。佐伯が譲歩策を提示したことも、なにもかも。薬の副作用による意識混濁のおかげで真白の記憶も対してあてにはならなかった。
「もっと早くお返ししたかったのですが、遅くなりました」
結城に頼んで用意してもらったであろうチョーカーは、未だに鍵がないせいで外せていなかった。今は仕事もないし支障はなかったけれども、そろそろ仕事復帰をしたいキキは血眼になって探していた。
(何より首輪は目立つからしたくない)
「これはどこにあったんですか?佐伯さんが持ってたんですか?」
キキがそう言うと、松尾は目を丸くした。松尾はキキが記憶が曖昧なことを知らない。しかしキキの話ぶりから予想がついたのか、説明を始めた。
「あなたと佐伯様が話した結果首輪をつけることになったんです。佐伯様もあなたも自分で首輪を外さないために、佐伯様から直々に私が預かったのですよ」
「僕はまだしも、なぜ佐伯はそこまでして。鍵を持っていればいつでも噛めたのに」
噛まれたΩは、そのα無しでは生きていけなくなる。真白を手放したくないのであれば、無理矢理にでも発情期 を起こさせ頸を噛むことで自分のものにすることもできた。今思うといくらでもやりようはあったのに、佐伯は一度もそのようなことはしなかった。
その言葉に松尾は一言で返した。
「――あなたを大切にしたかったようです」
「…」
その言葉にキキはなにも言えなくなる。
(佐伯が「僕」を?真白の間違いだろう?)
きっと自分の深読みだと、キキは否定する。あれほど真白にしか執着していなかった男が、自分になんて興味を持つはずがないのだ。なにも言わないキキに松尾が言う。
「差し出がましいようですが、これは佐伯の友人の男からの話と思って聞いてください」
「はい」
「佐伯があなたにした今までのことは、どれも酷いことです。どれだけ態度を改めようと、今までのことは何も変わりません。それは今も昔も、対象が真白様であろうとキキ様であろうとです。
――第三者がこれが佐伯のあなたに対する愛の形だったと言っても、あなたは感傷に浸る必要はない。今度はあなたから佐伯を捨ててやってくれませんか」
キキはこの男はきっと何もかもを知っているのだと思った。自分が高橋真白であることも、今はキキと言う存在として生きていると言うことも。だからこそ、松尾が少し声色を変えてキキに進言するのだ。一見すると彼なりのキキに対する配慮のように思える。しかし実際意味するところは違う。
(要約すると、佐伯に情などわかさずとっとと縁を切れ――ってことだろう)
この男は神崎よろしく自分のことを敵視している人間であることは間違いないようだった。それは佐伯に対する忠誠心からくる感情なのかなんなのか。キキには見当もつかなかった。
「お言葉ですが、言われなくても、もう金輪際佐伯とは関わりませんよ。そもそも僕は微塵も好きでもないので」
少しの間松尾と睨み合う。
「…そうですか、その言葉が聞けてよかったです。嫌われ役も大変なのですよ」
キキの言葉を聞いて松尾は微笑見ながら言う。とってつけたような、糸目をしながら。
「何かあればこちらにご連絡ください。」
そう言って松尾は自身の名刺を取り出し、キキに渡す。では、とだけ言い残し松尾はさっさと帰っていった。
(嫌な感じの人だな。わざわざそんなこと言いにきたのだろうか)
キキが受け取った手紙を開くと、佐伯の字でひとこと「君の幸せを願う」とだけ書かれてあった。
_佐伯の愛の形
秘書の言葉を思い出す。
(これが、佐伯の真白に対する愛の形なのか…?)
こんなものが、とは思えない自分がいてキキは少し遣る瀬無い気分になる。キキは佐伯の真白に対する愛と言うものを考えるのに必死で、便箋の『君』と書かれた文字の周囲に、『真白』という文字の形がついていることに気づかない。一度佐伯が手紙を書きなおした理由を、キキが知ることは無かった。
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