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第3話 和解
そんな両片想いのまま半年が過ぎました。
相変わらず2人は小さな部屋で一緒に暮らしています。
セラは何があっても側にいて自分を受け入れてくれるキールの存在に安らぎを感じるようになりました。
キールの優しさに守られ、次第に気持ちも安定してきました。
少し周囲を思いやる余裕の出てきたセラは、支えてくれるキールや女将に恩返しをするため、懸命に働きました。
働き者のセラは宿の仕事をほとんど覚え、今ではもうなくてはならない存在です。
町の人も心優しいセラを温かく迎えました。
笑顔を見せる事が増えたセラですが、時折故郷の方を見つめて淋しそうにしています。
1人になると涙する事もありました。
キールはセラが心穏やかに暮らしている姿を見て、胸を撫で下ろしていました。
少しでもセラに楽な暮らしをさせるため、キールも張り切って仕事をしています。
セラは、温かい食事を用意してキールの帰りを待つようになりました。
毎日キールを出迎えて『おかえりなさい』と嬉しそうに微笑むのです。
誰かが待っている灯りのついた温かい家に憧れていたキールは幸せでたまりませんでした。
性行為の相手を求めてセラが衝動的に家を飛び出す事がなくなった今も、夜は手を繋いで眠ります。
それが習慣になってしまい、離れられなくなってしまったのです。
キールの中で、どんどんセラの存在が大きくなっていきます。
セラが愛おしすぎて、自分の欲望を抑える事に苦労する毎日です。
可愛らしいセラの寝顔も、身動きをした時に襟元から見える鎖骨も、キールには目の毒です。
毎晩、その果実のように瑞々しくて赤い唇をついばんでみたい、その雪のように汚れのない真っ白な鎖骨に口づけたいと思っていましたが、行動には移せませんでした。
キールは、自分が触れる事で、ようやく落ち着いたセラの情緒が乱れてしまう事を怖れていました。
あの穏やかで幸せそうな笑顔を守るためなら、何があっても耐え切るつもりでいました。
でも、志は高くとも、若い体は正直です。
1人で欲望を処理する事も、煩悩を打ち払うための水浴びの回数も増えました。
そんなある日の事。
セラの元へ父親が訪ねてきました。
女将はセラがここに住んで働いている事や近況などを書いた手紙を定期的に送っていたのです。
父親は2人が暮らす部屋まで来てしまったので、家にいたキールも一緒に父親に会う事になりました。
女将は、父親にありのままのセラの日常を見せた方がいいと思ったのです。
「元気そうだな、セラ」
「うん…父さんも」
キールは、セラの隣でぎくしゃくした親子の会話を黙って聞いていました。
当時の父親は、セラが夜遊びをしている事を耳にし、深く心を痛めていました。
自分が再婚したのが原因だと確信していたからです。
周囲の者は『村長の息子の行動にはふさわしくない』と、セラを『村長の息子』という型にはめて非難しました。
この村にいたら一人息子のセラの将来は村長です。
この村では『セラ個人』としてではなく、『村長』として生きなければなりません。
セラの性的対象が男性であっても、後継ぎのために女性と結婚をし、子供をもうけなければなりません。
小さく閉鎖的な村なので、皆考え方が古いのです。
父親が後妻を迎えた時も、皆で彼女を白い目で見たり、噂話をしたりしたように、新しい事を受け入れるのが苦手なのです。
村長という立場のせいで、セラは愛する人と一生結ばれる事はないのです。
父親はそんなセラを不憫に思い、色々な価値観を持っているこの町にセラを逃がしたのでした。
この町でなら、セラは自由になれると思ったのです。
父親は、再婚後にセラを蔑ろにしてしまった事を謝りました。
父親は苦労を覚悟で、故郷を離れ自分と添い遂げる決断をしてくれた彼女を、セラと同様に心から大切に思っていたのです。
意地悪をされても、陰口を叩かれてもいつも凛としていた彼女でしたが、夜2人きりになると父親の前では弱音や不安を口にしたり、故郷を思い出して涙を流したり。
父親はそんな優しい彼女の心の傷を癒すため、毎晩のように大切に彼女を抱きました。
彼女の味方は父親だけだったのです。
昼間も彼女が孤独を感じないよう、セラと過ごしていた時間を割いていつも彼女の側にいたのです。
父親の本当の気持ちを知ったセラは、静かに泣きました。
聞いていただけのキールも、父親の愛の深さや、家族を愛する気持ちを知り、涙を流しました。
セラはずっと父親の思いを誤解していた事や、自分からは何もせず、愛される事ばかり求めていた自分の言動を謝りました。
自分がちゃんと父親に愛されていた事を知り、凍りついていた心が溶けていくような気がしました。
「君にもずいぶん世話になっているようだね。セラの側にいてくれてありがとう」
父親は丁寧にお礼を言いました。
「いえ、別に俺は何も…」
号泣していたキールは恥ずかしくなって、慌てて涙を拭きました。
「ところで、君はセラの恋人なのかい?ずいぶんと仲がよさそうだ」
父親の言葉に驚いた2人は、見つめ合って頰を染めました。
不器用で鈍感な2人は、お互いの表情を見てようやく自分たちが両想いだと気づいたのです。
2人は嬉しくてたまりません。
「今は…まだただの同居人です。でも、今息子さんに想いを告げて恋人にしてもらえるか聞いてもいいですか?」
「もちろん。私は席を外そうか」
父親が立ち上がろうとしたのを見たキールは首を横に振りました。
「いえ、大丈夫です。聞いていてください」
父親が座ったのを確認すると、キールは愛おしそうにセラの手を取ってじっとセラを見つめました。
まだ何も伝えていないのに、セラの大きな瞳は涙でいっぱいです。
「セラ…俺はセラが好きだ。これからは恋人として俺の側にいて欲しい」
「俺もキールが好き。俺もキールの側にいたい」
想いを交わした2人は父親の前だという事もすっかり忘れて、ぎゅっと抱きしめ合いました。
父親は嬉しそうに2人を見つめていました。
「キールくん、今日から君も私の家族だ。セラを頼んだよ」
帰り際にキールの手をぎゅっと握りしめた父親は、何かあったら気軽に連絡をするように告げました。
「ありがとうございます。必ず息子さんを大切にします」
キールも父親に誓うようにぎゅっと手を握り返しました。
「父さん、せっかくだから一緒に食事でも…」
「いや、いいんだ。セラと仲直りができたし、2人の邪魔はしたくないからね」
父親は満足そうに微笑むと、セラの頭を愛おしそうに撫でて部屋を出ていきました。
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