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 自宅の玄関を開ける。帰ってきた日常にほっと一息ついてしまう。 「あれ、伊織は?」  ただいまーと声をかけながらリビングに入ると、母親がカウンターキッチンから顔を出す。いつもの定位置にいるはずの伊織の姿がない。 「ああ、今ねおつかい行ってもらってるの。マヨネーズ買うの忘れてて」  ふーん、と母親の言葉に返事を返し、時計を見やるともう18時を回っていて、伊織と約束した時間をとうにすぎていた。 「もうすぐ帰ってくると思うから、先にお風呂入っちゃいなさい」  カレーの匂いが辺りに充満していて、カフェで少し食べたはずなのにお腹が小さくぎゅーと鳴る。 「いや、もう帰ってくるなら待ってるよ」  上で待ってるから、と声をかけて、自室のある2階に上がっていった。  制服を脱ぎ、部屋着に着替える。  今日、正確には午後からの非現実感がすごかったからなのか、はぁ、とため息をついてしまう。  黒澤琥太郎、テレビをあまり見ない壮でも、この人がなぜ売れるのかがわかった数時間だった。ハーフの人形みたいな顔立ちなのに、笑うと幼くなり、こっちまで笑顔が移ってしまう。声も落ち着いた声で、隣にいるのが心地よくなる。 「あと1ヶ月半……」  ベットに寝転がり、学園祭までの日にちを思い返す。打ち合わせは今日終わった、次黒澤に会うのはいつだろうか。なんて考えてしまう。目を閉じると、今日のカフェでの映像が脳裏に蘇る。心地の良い声や、穏やかな笑顔。  次はいつだろうか、はやく会いたい。  なんて、思ってしまう。 「芸能人ってすごいな……」  こんな数時間でまた会いたいって思わせるなんて、すごいな、芸能人は。  壮は携帯を出して、黒澤琥太郎、と検索する。  出てきたのはネットニュースで、黒澤、学園祭へ!!なんて見出しだった。記事を開き読み進めていくと、雑誌のワンカットであろう写真も共に貼り付けられていた。短い金髪をアップバングにセットし、お洒落な服装に身を包んでいた。  今日の黒澤とは違った雰囲気で、クールな雰囲気を醸し出していた。 「そーちゃんー!めーし」  記事を読んでいると、部屋の扉の向こうから伊織の声が聞こえる。 「おかえり」  扉を開けてそういうと、伊織は頬を膨らませる。 「15時に終わるって言ってたのにさ」  踵を返して、階段を降りていく。 「ごめんごめん、話が長くなってさ」  部屋の電気をけして、持っていた携帯をポケットにしまい伊織の後ろをついて行く。 「おつかいから帰ってきて壮が居なかったら、カレー全部食べてやろうかと思ったわ」 「逆にある意味食べ切って欲しいわ」  伊織の言葉にすこし笑ってしまう。大きい寸胴鍋いっぱいに作られたカレーを思い出して笑う。いくら伊織の好物だからといって量が量だ。これから続くカレーの日々を考えるとぜひにも全部食べてもらいたい。 「残念、壮が居たから無理。これから3日間カレー生活頑張ろうぜ」  にやっと笑う。同じことを考えてたか、と壮も笑ってしまう。 「嫌いじゃないんだけどねー」 「なんせ量が多い。我が母ながらそろそろ学んで欲しい」  リビングに続く扉の前でそんな話をする。カレーの美味しそうな香りが廊下まで香ってきている。  1日目はカレーで、2日目はドリアで……なんて考えていると、頭をぽんぽん、と叩かれた。 「え、なに?」  急に叩かれた頭を押さえながら、伊織を見る。 「いや、知らない間に身長抜かしてたなあ、って」 「……今更だろ」  そうだね、なんて言いながら扉を開ける。  テーブルの上に並べられたカレードリアを見て、そっちが先か、なんて思いながら、椅子に腰掛けた。

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