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「壮はさ、危機感なさすぎなんだよ」  バイクで壮の家まで来た伊織は、当然というように家の中に入ってきた。伊織が入ってきても、おかえり〜と何も気にしない母親もどうなんだろうか。 「あの子わざとなの気付いてた?あのちょっと後ろに友達みたいな女の子の集団いたからね」 「え!そうなの??」  思ってもなかった事実を告げられ、驚愕してしまう。 「そうだよ、ほんとに気をつけて。何があるかわからないんだから」  伊織はどんどん!と気持ちいつもより雑に階段を上がっていく。  その後ろに続くように歩いていくと、リビングから母親が顔を出して、両手の人差し指を頭の上で立てて鬼の真似をする。それにこくん、と頷く。  伊織がプリプリ怒っている時、母親は決まってお気に入りの紅茶と、お菓子を持って部屋にやってくる。穏やかな伊織が怒るのは、基本的に壮が原因なことが多かったからだ。 「だいたい、いつも連絡きてから降りてきなっていってるでしょ。最近の騒動と、プラス暑さもやばいんだから」  勝手に部屋にはいり、クーラーをつける。勉強机の椅子に腰掛けて、汗が滲んだ前髪を後ろに撫でつけた。 「そんな怒らなくてもさ、俺だって男なんだから、女の子が襲ってきても対処くらいできるよ」  汗だくの制服のままベットに座るのは嫌なので、伊織に背を向け、いつも通りネクタイを外しシャツのボタンに手をかける。 「……対処できるの?壮が?」  少し刺の感じる物いいに、振り向くと伊織が目の前に立っていた。ボタンに手をかけている手を掴まれ、両手を握られる。 「女の子だって、本気で手に入れたいってなったらどんな手を使うかわからないじゃん」  どんっと両手を頭上で一纏めにされ、壁に押しつけられる。 「……なんのつもり?着替えたいんだけど」  いつもの雰囲気とは違う伊織に少しだけ身を硬くする。 「同じ男だけど、片腕しか使ってないんだから逃れるんでしょ?」  逃げてみなよ、と続く言葉に、壮は両腕に力を込める。全く離れる様子のない伊織の腕に驚きと、少しの恐怖が襲う。  視線を少しあげて伊織を睨みつけると、伊織は無表情から少しだけ笑みを浮かべた。いつもの朗らかな笑みじゃなく、すこし諦めに似た笑みだ。 「ちゃんと危機感持って。そのままだと俺が四六時中付いてなきゃいけないでしょ」 「……わかったよ」  いつもの伊織なら四六時中なんて嫌だよ、なんて軽く言えるのに、こんな初めて見る表情の伊織にはいえなかった。  わかった、と伝えると伊織は手から力を抜き、壮の両手を解放する。  少しだけ沈黙が走った後、タイミングよくトントンと扉を叩く音が聞こえた。扉を開けると、少し困った顔の母親。 「お茶持ったきたわよ」  何をやらかしたのかしら、というような表情の母親に、壮はああ、としか答えられなかった。 「下で貰うよ。ありがとう」  伊織はトレイを受け取り、笑顔でそういった。  いつも通りの伊織の笑顔に仲直りしたと思ったのか、母親も安心したように笑顔を浮かべる 「壮、下で食べよ」 「あ、ああ……着替えてからいくよ」  そう告げると、伊織と母親は部屋を出て行った。  うちの子またなんかした?なんて話声が廊下から聞こえ、だんだんと遠のいていく。  壮は伊織に掴まれた両腕をさする。壁にすこし擦れたのか、小さな赤い傷ができていた。 「何だよ……そんな怒ることかよ……」  クーラーのかかりはじめた部屋はまだ暑い。だが壮の身体からは汗がひいていた。初めて見る伊織の顔がすこしだけ、ほんの少しだけ、怖く感じてしまったからだ。

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