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 すこしだけ気まずい空間で紅茶を飲み、伊織はバイトに行った。  さすがに伊織の雰囲気が違うのを察した母親が心配げに壮に聞いてきたが、壮は曖昧に笑うしかできなかった。帰ってきて部屋で壁ドンされました、なんて説明したところで、どうにもならないと感じたからだ。  夕飯を食べ風呂に入り、冷えて心地よい温度になった部屋に戻る。  今日起こった女性とのことや、伊織とのこと。自分そんなに伊織の神経を逆撫でするような事をしただろうか。そんな事を考えていると頭がツキン、と痛くなる。 「壮ー!お客さんー!」  痛みの走った頭を撫で起き上がると、下の階から母親の声が聞こえる。時刻は20時を回っていて携帯をチラッと見ても、誰かから今からいく、などの連絡は入っていない。 「はーい」  来ていた部屋着を確かめて、そのまま階段を降りていく。 「なんか少し年齢の上の人だったけど、お友達?」  年齢の上の人?思い当たる人物がいなくて、首を傾げる。  玄関へと向かうと心配なのか、母親もすぐ後ろで待機していた。 「はい、どちら様ですか」  玄関を開けてインターフォンの前を見ると、見たことのある人が頭を下げた。 「あ……」  声を少し発してしまう。  するとその声を聞いたからか、その男の後ろから見覚えのある黒尽くめの男が顔を出す。辺りが暗いからか、真っ黒なサングラスじゃなくグレーのラウンドサングラスだった。 「やあ」  心地の良い声が掛かる。数日ぶりに聞く黒澤の声だった。  インターフォンを鳴らしてカメラに写っていたのは黒澤の隣にいるマネージャーの橋場だろう。  すぐ後ろに待機していた母親が知り合い?と声をかけてくる。 「あー、まあ一応……」  そう答えて、外に出て後ろ手に玄関を閉める。  マネージャーは用が終わった、とばかりに頭を下げてからハザードの点滅している車に乗り込んだ。 「黒澤さん、なんで」  門扉まで歩いて黒澤に近づく。  黒澤はかけていたサングラスを外し、服の胸元に引っ掛けた。 「んー、近くに寄ったから?」  来ちゃった、なんてお茶目気に言われる。 「それより黒澤さんはやめてってば。琥太郎でいいよ」  落ち着く低音の声でそう言う。前あった時から少しだけ声がかすれていた。 「あれ、声枯れてます?」  そう聞くと、綺麗な二重瞼の目をすこし広げてから細めて、笑みを浮かべる 「ちょっとね。TVの収録で歌ったりしたからかな」  自身の喉を摩りそう言う。 「いまちょっと暇?すぐそこの公園で話さない?」  黒澤は家の通りの突き当たりにある小さな公園を指さした。遊具も古びた滑り台とブランコしかない公園だ。 「あ、はい」  特に用事もないので、オッケーすると黒澤は断られると思ったよ、なんて呟いている。 「ちょっと両親に一言だけかけてきます」  踵を返し、玄関の扉に手をかけると、黒澤が壮の事を呼び止める 「俺も一言挨拶したほうがいいかな?」  なんて聞く黒澤に、大丈夫です、と答える。20時なんてバイトでもしてれば普通に外に出てる時間だ。  玄関扉をあげてリビングに聞こえるくらいの声で、ちょっと出てくる、と伝えれば、母親から気をつけてね〜という返事が返ってきた。

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