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 パソコンを広げて、今回の学園祭についての報告書をまとめる。とは言っても、自分で感じたことではなく、加賀や井原が入れてくれたメッセージから読み取って打ち込む。  今年は先生に見回りを頼んだことや、入場者が生徒の招待のみということもあり、混乱は少なかったみたいだが、黒澤という有名人が来ているからか、ある一定の場所への混雑が酷かったみたいだ。  パソコンに打ち込みながら、外の様子を見ると晴天の中汗を流しながら笑顔で行列に話しかける伊織がいた。その姿にすこしだけ笑みが溢れる。 「壮くん」  生徒会室の扉が開き、低音のいい声が聞こえた。 「あ、今日はすみませんでした」  椅子から立ち上がり頭を下げる。  混雑から逃げてきたのか、マスク姿に伊達眼鏡をかけている黒澤は被っていた帽子を脱ぐ。 「いいよ、体調崩したんだって?」    大丈夫?と聞きながら椅子に腰掛け、はあとため息をついた。 「学園祭って楽しいね、俺も叶うなら壮くんと一緒に回りたかったなあ」  マスクを外し、眼鏡を外した黒澤。  綺麗な顔はすこし赤くなっていて、汗をかいたのか手で顔を仰いでいる。 「あ……」  壮は最後に黒澤に会ったときのことを思い出す。  屋上で抱きしめられ、告白された。そのことを思い返すと少しだけ胸がとくん、と高鳴る。 「黒澤さん」  名前を呼ぶと、黒澤はなに?と優しい笑顔を浮かべる。黒澤と共にいると心がざわざわとし、落ち着かない。 「この前の返事、なんですけど」  少し視線を外して、窓ガラスから外を見る。  小さな子供に手を伸ばしている伊織がそこにはいた。こけたのか、涙を流している小さな男の子。  その子供を抱き上げ、涙を拭っている。 「俺、今度は間違えたらいけない気がするんです」  口からそんな言葉が出てきた。  間違えたら行けない。自分で言った言葉が心に染みていく。 「大事にしたい奴がいます。だから黒澤さんとは付き合えません」  目を閉じて思い返すのは、いつも手を引いてくれた伊織だ。親に怒られそうなとき、一緒に怒られよう、と笑ってくれた。ケガをしたときは、自分より痛そうな顔をして血を拭ってくれた。  夢で見たあの光景。きっと最後に共にいた人物は伊織なんだろう。 「それって恋人?付き合ってるの?」  黒澤は立ち上がり、壮の元へと歩いてくる。  壮は目を開け黒澤をじっと見つめた。 「そう言うわけじゃないんですけど」  壮のすぐ横に立ち、壮の顔にかかった髪の毛に触れる。 「なら俺でいいじゃん」  頬に伸びてきた手を一歩下がり拒否する。  黒澤は眉を顰め、目を閉じてため息をついた。 「あいつか……」  黒澤がそう呟くと、伸ばしてきた手でそのまま自身の頭を掻き毟った。  あー、と声を上げて、壮に背中を向ける。 「俺ね、壮くんと居るとなんでも出来そうな気がするんだよ。大袈裟かもしれないけど、君をずっと笑顔にできるし、泣かせない自信だってある」  それでも駄目?と続きそうな言葉に苦笑する。  取り繕った笑顔をみた黒澤は、目を瞑り、苦しそうに服の襟元をぎゅっと握った。辛そうなその表情につい手を伸ばしてしまいそうになるが、視線を外して耐える。  きっと俺の中にいる、前の俺が叫んでいるのだろう、鼓動がドクドクと体の中から叩かれているように感じる。 「昔のこと、すこしだけ思い出したんです。この傷のことも、俺が貴方を守ろうとしてたことも」  壮が話し出すと、黒澤は驚いたように目を見開いた。思い出したなら、なぜ、と問いかけているような表情に、壮は視線を外す。 「昔の俺は確かに貴方が好きだったんだと思います。でも今の俺は、夢の最後にアイツが死のうとしている光景を思い出すと……ダメなんです」  夏休み最終日に見た夢の最後がふと脳裏を過ぎる。首筋にナイフを添えている男が伊織だとしたら。  考えるだけで身が裂かれるような思いが募る。 「すみません。俺アイツがいないとダメなんです」  そういうと黒澤ははあ、と息を吐き、笑顔を浮かべた。 「これは、フラれた男の強がりなんだけど」  黒澤は眼鏡をかけ、帽子を被り扉へと歩いていく。 「これから俺は有名になって、君は毎日俺のことを見るようになるよ。そして、こんなすごい男を振ったんだ、っていつか後悔したらいい」  口角をあげて、口元に笑みを浮かべた黒澤。  でも瞳はうるうると涙を溜めているようだった。 「じゃあね」  ガラガラ、と静かな生徒会室に扉が開く音が響いた。

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