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26.
黒澤が出て行ってすぐ、とすん、と教室の外で音が聞こえた。壮が扉を開けると扉のすぐ横、壁を背もたれに腰を下ろしている伊織がいた。すこし息が上がっていて、頭に巻いていたタオルは下に落ちている。
「なにしてるの」
そういうと、伊織はうつ伏せていた顔を上げる。
すこし涙の溜まった目に、下がった眉。
ああ、聞かれてたかな、なんて思いながら中に入るように促した。
「俺ね、ほんとは最初から全部覚えてるんだ」
廊下に腰を下ろしながら伊織はそう言った。
見慣れているはずの伊織の横顔がいつもとは違う、真剣な表情だった。
壮は伊織のすぐ目の前にしゃがみ込む。
「最初って……」
もうこんなこと書くのは野暮だろうか、と半分思いながら聞く。
すると伊織は悲しげに微笑んだ。眉尻を下げて、伊織と言うよりは懐かしい、少し前に夢でみた人物に見える。
「壮が俺の主で、国の長だった」
ああ、やっぱり。
納得してしまう。夢でいた人物といまここにいる伊織。持っている雰囲気も、優しい目も全部あの時のままだ
「俺は小さい頃から覚えてた。全部。だから俺が守るのが当たり前だったんだよ」
伊織が手を伸ばしてくる。頬に触れる掌はすこし汗ばんでて、自分の手よりずっと大きい手だった。
学園祭は終盤へ向かっている。生徒の皆は校庭に集まるようにと放送されたからか、生徒会室の周りはすごく静かだった。
「でも、過ごしていく内に今の壮と昔の壮が違うってことに気づいたんだ。昔は諦めが早くて、自分が辛くても押し殺して笑ってるようで泣いてる壮だったけど、今の壮は違う。頑固だし、全然言うこと聞かないし」
校庭が騒がしくなってくる反面、壮の周りはしずかになる。
「壮、好きだよ。ずっとずっと好きだったんだ。」
微かに震えている声。夢の最後で聞いた声と全く同じ声だった。
心が熱くなると共に目頭も熱くなる。
ああ、そうか。と納得する。
「いつも迷惑かけてごめん。ずっとお前が守ってくれてたんだな」
いつも隣にいたのは伊織だった。
前世なんて言われても記憶として残ってるのは夢でみたあの二回だけ。でも、その夢でも伊織はずっと守ってくれていた。
頬にある伊織の手に自分の手を添える。
最期に見た夢のシーン。短刀が伊織の首に添えられている場面。思い返すだけで心がどくんと波打つ。
ああ、そうか、俺はこいつと共に最期を迎えたかったのか。
心が激しく波打つ相手が、琥太郎だったのだろう。前世の壮はそちらを選んだ。
でも、心が安らぎ、安心できる相手は伊織だったのかも知れない。共に生き苦楽を共にできる相手だからこそ、最期を迎えたい場所を教えたのではないだろうか。
「今度は一緒に長生きしてくれるか」
声が震えたかも知れない。目頭が熱くなり、涙がこぼれ落ちそうになる。
伊織の顔をみると、瞳を大きく見開いて壮のことをじっと見ていた
「もうお前が死のうとしているところなんて見たくないんだ」
そういうと、伊織の瞳には涙がこぼれ落ちそうなくらい溜まった。眉を下げ、目を瞑ると涙がぼろぼろとこぼれ出す
「またお前が先に泣いたな」
笑顔を浮かべるが、目尻に涙が伝うのを感じた。
「壮が素直に泣けない分、俺が泣いてあげてるんだよ」
聞き覚えのあるようなセリフ。
視線が合うと、お互いに笑ってしまった。
「壮、今度はふたりで、長生きしようね」
キラキラと光る涙をそのままに、伊織はにっこりと微笑んだ。そして、壮の頬に伝った涙を親指で拭った。
「ああ、先に死んだら許さないからな」
幸せそうに笑窪をつくり笑う伊織に、壮も笑みをこぼした。
end
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