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04
程なくして受験勉強の日々が始まった。壮が選んだのは有名進学校で、男子高だった。なんで男子校?と聞いても、そこが一番近い進学校だから、と一言で終わる。
「わからないところがわからない……」
そうぽつりと呟くと、折り畳みテーブル越しに壮がどこ?と聞いてくれる。少しだけ大人っぽくなった壮は、数ヶ月前に付き合った彼女と破局し、いまは勉強の苦手な伊織の家庭教師になっていた。
「伊織はさ、得意なことを伸ばせる高校がいいんじゃない?」
わからない部分を指差すと、壮はすこしだけため息混じりにそう言った。きっと、これもわからないんじゃ高校入っても大変だよ、という意味も込められての言葉だ。
「俺も家から近い学校の方がいいもん……」
ぷくっとわざとらしく頬を膨らませ言うと、壮はシャーペンを手に持ち、ノートに公式を書いていく。
家から近い学校であることに越したことはないが、俺の一番は壮がいることで、しかも男子校、女子ならまだしも同性に壮を取られる可能性があるところに、壮ひとりでやれない。というのが大きな理由だった。こんな理由、不純すぎて自身の心に留めておくに限る。
「じゃあがんばらなきゃな」
ノートに公式を書いた壮が笑みを浮かべてそう言ってくれる。少しだけ垂れた目が、笑うと優しく垂れて、綺麗な顔が可愛い顔に変わる。
「うん、頑張るよ」
シャーペンを手に持ち、壮の描いてくれた公式を当てはめていく。手が止まれば壮が隣で説明してくれる。
「ごめんね、壮も勉強しなきゃいけないんじゃないの?」
折り畳みテーブルに頬杖をついたまま、壮は目を伏せた。
「いいよ、昔縄跳び教えてもらったお礼」
遠い昔の事を思い出しているのか、口元に笑みを浮かべる。
砂まみれになったあの日、不安そうな壮の手を引いて家に入った日のことか。
「じゃあまだ鉄棒とボールの投げ方教えたお礼も残ってる?」
鉄棒に縄跳びにボールの投げ方。
あと二つはお礼してもらえる?なんて聞いてみたら、壮はすこしだけ笑い声を出して、そんなことも覚えてるのかよ、なんて言う。
「全部おぼえてるよ。そーちゃんのことは」
目を瞑ると蘇ってくる、小さい頃の記憶。
イヴァンよりも、壮になってからの記憶の方が幸せで、思い出すと幸福な気持ちになれる。
「じゃあ俺が勉強教えると、全部覚えれるってことだな」
「がんばります……」
その言葉に壮は、言ったな、と言質を取った!とでも言うようなリアクション。
「意地でも合格しろよ」
できると信じてる、と後に続きそうなニュアンスでそう言われると、期待を裏切らない為に頑張らねば、と思う。
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