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09
心が穏やかになる事なく、次の日を迎えた。壮の前で取り乱さないように、男の撫でた頭をすこし撫でて上書きをした。でも頬には触れれない。ましてや唇になんて。今の伊織にできる精一杯の上書きだ。
自分の財布に金が入ってない事にも苛々しながら、ATMへ向かい、自宅と学校のちょうど中心くらいにある大きな駅前の駐輪場に停めたバイクを出し、走り出す。
学校の裏門の前はゆるやかな坂になっていて、下り坂に入る時、見知った顔の女子2人がブロック塀から裏門を覗き込むように立っていた。何ヶ月か前に連絡先を交換した女子だった。メッセージをやりとりしている間に、壮狙いの子がいるから協力してほしい、と連絡をよこしてきた女。
ハッとし、急いで前を見て裏門を見る。そこには案の定、壮の姿とポニーテールの後ろ姿が見えた。
「壮?学校で待ってなかったの?」
ギリギリまでバイクで近づき、バイクを止める。
ポニーテールの女の子を上から下まで見て思わず眉が寄った。伊織が女子に聞かれて仕方なしに言った壮の好みの女性像、それを目の前の女が上から下まで全部完璧に仕上げていた。ポニーテールもピンク色の唇も、白く伸びた足も、壮よりもずっと低い背も、伊織がしたくてもできない、持ってない物を全部持った、壮好みの女の子。
壮が何か話してるのを聞き流し、バイクから降りて壮の肩を抱き寄せる。
無理やり笑顔を作り、明るい声を出す。
「可愛い子となーにしてんのよ!俺に内緒で!」
そう言うと、経緯を説明する壮。
ジュースを落とした?缶コーヒーにジュースに何本コンビニで買うんだよ、わざとだろ。と口から出そうになる。この辺でコンビニなんて下り坂の近くにしかないし、坂を登った先の近くにはコンビニなんてない。
ヘルメットを被り、壮の胸にもヘルメットを押し付ける。
「……じゃあ、もう会うこともないだろうけど。気をつけて」
壮を急かし後ろに乗せエンジンをかけ、ポニーテールの女の子に声をかける。自分でもわかるほど、低い声が出た。
どいつもこいつも、ムシャクシャする。
赤信号に止められることにすらイライラしてしまう中、壮を家まで送り届ける。
「壮はさ、危機感なさすぎなんだよ」
慣れた壮の家の扉を開け、壮の部屋へと進んでいく。赤の他人に優しい壮にも、イラついていた。
裏門から離れたところに女子が数人固まっていたことを告げると壮は、そうなの?と返してきた。
「ほんとに気をつけて。何があるかわからないんだから」
壮の部屋まで着き、クーラーをつけ椅子に腰掛ける。
「だいたい、いつも連絡きてから降りてきなっていってるでしょ。最近の騒動と、プラス暑さもやばいんだから」
口うるさい、過保護なのはわかっている。でも壮には自覚が足りない。人より目立つ外見に、昨今の騒ぎ。世の中には考えも付かない行動を起こす奴もいるし、あわよくばを狙ってくるやつもいる。
「そんな怒らなくてもさ、俺だって男なんだから、女の子が襲ってきても対処くらいできるよ」
壮が背中を向けて、ネクタイを解く音が聞こえる。
「……対処できるの?壮が?」
その細い腕で?思いの丈をすべて腕に乗せて抱きしめたら折れそうなその細い体で?
気をつけてって言ったばかりなのに、無防備に服を脱ごうとするのは、俺のことを信用してるのか、手を出されないと思ってるのか、それとも眼中にすらないのか。
よくない考えが頭を回り、自制が働かない。夏の暑さで壊れてしまったのか。
「女の子だって、本気で手に入れたいってなったらどんな手を使うかわからないじゃん」
俺が女に生まれれば、壮が女だったら。この世に生まれ、何度そうおもっただろうか。神様はどこまでも試練ばかりを与える。なぜ女じゃないのか、なぜこんなに綺麗な顔で産まれてきたのか、なぜ幼なじみなのか、なぜあいつも同じ時代に生まれたのか。
細い腕をまとめ上げる。白くて細く、力を入れてしまえば折れてもおかしくない。
「同じ男だけど、片腕しか使ってないんだから逃れるんでしょ?」
少しの恐怖を見せた壮の瞳に、目頭が少し熱くなる。
なんで俺に恐怖を感じるのか、アイツには触らせたくせに。なんて思ってしまい、そんな自分に苦笑する。
「ちゃんと危機感持って。そのままだと俺が四六時中付いてなきゃいけないでしょ」
すこしだけ声が震えた。
ああ、もう堪えられないかも知れない。長い時間掛けて、少しずつと思ったが、あの男の存在がそれを邪魔する。また目の前で愛しい人を取られるのか、もう生活の全てが壮を中心に回ってるのに。
腕を離すと、部屋の扉がトントンと小さく叩かれた。するりと目の前から壮が消えて、扉へ向かっていった。
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