＊＊＊ 「兄さん、本当に帰ってくるの？」 「ああ、今は有休消化してるから、四月には……な」 　末弟の佑樹(ゆうき)からの問いかけに返事をすると、傍目からは分からないくらい僅かに彼の表情が曇る。 「あれ、佑樹は嬉しくないのか？　大好きなお兄ちゃんがやっと帰ってくるのに……淋しいなぁ」 「違うっ、そんなことない。嬉しいよ！　ホントに嬉しい！」 　慌てて取り繕おうとするのが可愛く思えて堪らないから、ついつい意地悪しそうになるが、あまり虐めると恨まれるから、歩樹は伸ばした右の掌で弟の髪をガシガシと撫でた。 「分かってるよ。この町には帰ってくるけど、家にはもう入らない。だからこの離れは今まで通り佑樹の部屋だ。安心しろ」 「あ、そうなんだ」 　あからさまにホッとしたような佑樹の顔と態度を見て、歩樹は吹き出しそうになるが、どうにかそれを押し留めると唇を笑みの形にする。 「でも、連れ込むのは程々にしろよ」 「なっ！　俺、そんなことっ……に、兄さんと一緒にしないでよ！」 　からかわれたのが分かったのか、耳まで真っ赤に染めた佑樹が勢いよく立ち上がり、それがあんまり面白いから、今度こそ堪え切れなくなって歩樹はブッと吹き出した。 「ひどい言われようだなぁ……こんなに優しい兄さんをそんな風に言うなんて。大丈夫だよ。戻ったら大人しくしてるつもりだ。地元じゃ体裁(ていさい)もあるしな」 　後継ぎとして織間に戻れば何処で見られるか分からないし、そんな暇も持てないだろうと微笑んだまま歩樹が告げると、急に神妙な面持ちになった佑樹が「ごめん」と謝った。 「いいよ、本当のことだし。とりあえず、今日来たのはそれを言いたかっただけだから俺は戻る……亮によろしくな」 　恋人の名前を出されて更に動揺している弟に、笑顔を向けて手を振ってから歩樹は離れを後にする。 　医師として勤務している都内の病院を退職し、父親の経営している病院へと入る決意をした理由は、年齢的なものもあるが、そろそろ本気で落ち着こうと思ったのが、一番大きな理由だった。 「歩樹様、旦那様がお呼びです」 　車庫に向かって庭を横切ると、自分を捜しに出てきたらしい家政婦が声をかけてくる。 「はい、分かりました。今行きます」 　父親とは先ほど話をしたばかりだが、何か言い忘れたのだろうか？ 　なにはともあれ帰る前で良かったなどと思いながら、本宅へと脚を向けた歩樹を待っていた人物は予想に反して父親一人だけでは無かった。