4 / 119

4

 *** 「なんでっ」  車に乗り込みドアを閉めてから、柄にも無く……歩樹は声を荒立てる。さっき父親の書斎で会った人物を思い出すだけで、胃がキリキリと痛みを覚え、鼓動は自然と速くなった。 『久しぶり』  やわらかな笑みを浮かべながら、差し出された手を握り返さない訳にも行かず、仕方ないから握手をしたが、触れた瞬間背筋に冷たい物が走った。 「(かえで)」  何年かぶりに会うこととなった弟の名を口にだす。  海外で働いていたはずの彼が帰って来るなんて……正直葬式くらいだろうと思っていたから歩樹はかなり動揺し、父親から告げられた言葉に更にそれは大きくなった。 『連絡も無しに帰って来たから父さんも驚いたよ。まあでも、歩樹がまだ帰ってなくて良かった。前々から楓とも電話で話をしていたんだが、お前が戻る話をしたら、楓も手伝いたいと言ってくれた。家の病院もそろそろ高齢者福祉施設に参入しようと思っているが、私ももういい年だ。何年かの間に歩樹が継いで、経営面を楓が支えてくれるなら、本当に心強い』 『それは……』 『少しでも力になれるように、頑張ります』  歩樹の言葉を遮るように楓が放った一言で、満足そうに頷く父の姿を見ればなにも言葉が出なくなる。 『よろしくな』と、微笑んだのが精一杯の強がりだった。 「なんで今更……」 『驚かせたい』と、楓に言われて黙っていたと父から聞いたが、自分の前に姿を見せた理由がちっとも分からない。しかも一緒に仕事なんて……前もって分かっていれば戻ろうなんて思わなかった。  常に冷静なはずの頭があり得ないほど混乱し、とにかく早く離れなければとエンジンを掛けた歩樹だったが、サイドブレーキを踏んだところで助手席のドアをガチャリと開かれ驚きのあまり動きを止める。 「間に合ってよかった。俺、兄さん家に行くって父さんに話してきた。仕事はもう辞めてあるから暇なんだ。だから、兄さんの引っ越しを手伝いながら、これからのことを話し合いたいって言ったら、父さんもそうしろって……兄さんが嫌じゃなければだけど」  助手席へと乗り込みながら笑みをこちらに向ける楓に、傍目(はため)から見ればおかしなところはきっと見当たらないだろう。だけど……そんな申し出を受け入れられる心の余裕は、今の歩樹には全くなかった。 「突然そんなこと言われても、俺にも都合がある。話し合いなら、俺がここに来るから」  平静を装うことになんとか歩樹は成功する。車の中ということもあって、正面から顔を見ずにいられるのが有り難かった。

ともだちにシェアしよう!