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「そうだよな。突然行ったら兄さんだって困るよな。分かった、とりあえず佑樹の部屋にでも泊まることにするよ」 「……部屋なら他にもあるだろ。わざわざ離れに行かなくても」 「へえ……あの離れ、今は佑樹が使ってるんだ」 「ああ」  知らなかったのだと分かったら、余計なことを言った気がして歩樹は急に不安になる。 「まだ佑樹にも会ってないから丁度いいや。今日は離れに泊めてもらうよ」 「それは……ダメだ」  降りようとした楓の手首を思わずギュッと握り締めると、不思議そうな表情をして彼が動きを一旦止めた。 「兄さん、どうかした?」  柔らかい声で問いかけてくる楓の顔を思わず見ると、伺うように細められた双眸と視線が合う。 「いや、なんでもない。やっぱり……家に来ていいよ。父さんにはそう言ったんだろ」 「いいの?」 「ああ」 「じゃあ……甘えさせて貰うよ。ありがとう」  礼を告げる楓の声に適当に頷きながら、握っていた腕を離して歩樹は車を発進させた。 (なにも無かった事にするつもりなのか?)  そう尋ねてみたいけれど、何のことかと聞き返されたらそれを話す勇気もない。  五年も前の出来事に、今もこだわってしまっているのは自分だけかもしれないと思うと胸がムカムカしてくるが、楓の気持ちが分からない以上、下手に何かを口にするのは逆に良くないと判断した。  何も無かったことにしなければ、自分の方も今後の仕事に差し支える。 (良かったのかもしれない)  時間を置いて、楓もきっと大人になったのかもしれないし、歩樹にしてもこれから彼と一緒に仕事をするのだから、普通に接する心構えが必要だと思い直した。  それに……楓がそう振る舞うのなら、歩樹にしても合わせる他に手立てがない。 「なんで……病院を手伝う事にしたんだ? お前、いい会社行ってたろ?」  疑問に思ったことの一つを思い切って尋ねてみる。大学を卒業してから、正月でさえ帰らなかった楓が何故、今になって来たのか理由が気になった。 「なんでって、兄さんが継ぐなら力になりたいって、俺はずっと思ってたかから」  前よりずっと落ち着きのある低い声が鼓膜を揺らす。その言葉に……ハンドルを持つ指先へと自然に力が(こも)ってしまった。 「お前……」 (俺の事、嫌いなんじゃなかったのか?)  思わず出そうになった言葉を寸でのところでグッと飲み込む。 「そんな……簡単に決めて良かったのか?」  おかしくないよう言葉を繋ぐと、楓が深く息を吐き出した。

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