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「簡単なんかじゃない。その為に、経営学んでそれなりの企業に入ったんだ」 「……そうか」  まるで自分の為みたいに紡がれる楓の返答に、呟くような返事をしながら歩樹は酷く混乱する。 (なにを、考えてる?)  楓との過去を思い出せば、何か裏があるようにしか歩樹には思えない。探るように視線を向けるが、暗い車内で彼の表情を読み取ることは叶わなかった。 「俺、兄さんになにか悪いことした?」  さらに追い打ちをかけるように、告げられた言葉に息を飲む。 「な、なにが?」 「だって、俺を()けてる気がするから」 「そんな事、ない。久しぶりだから慣れないだけだ」  なんとか声を絞り出しながら、まるで本当に全てを忘れてしまったような彼の様子に歩樹はかなり戸惑った。  二重人格という四文字が、頭の中に浮かんでくる。 (まさか、ありえない……でも)  そんな風に思わなければ、自分の中の整理が付かない。 「なら良かった。迷惑だって思われてたらどうしようって思ってた」  柔らかくなった楓の声に昔の彼を思いだす。  両親はほとんど家に居なかったから、二つしか歳の違わない彼と歩樹はとても仲が良く、いつも二人で遊んでいたし、お互い何でも話し合える……そんな身近な存在だった。  あの事件が起こるまでは。 「……っ」  溢れだしそうになる記憶を、封じるように歯を食いしばって運転へと集中する。 (とりあえず、様子を見よう)  今の楓との会話から、悪意などは感じられず、それが故意にせよ違うにせよ、持ち出して来ないのならば合わせる他に道はないとその時歩樹は思ってしまった。  離れてからかなりの時間が過ぎていて……こうして二人で会うことは、二度とはないと思っていたから、疑問は色々残るけれども、それよりこうして普通に話せる状況に流される。  過去の事件を思い出せば、普通であればそんな風にはとても考えられないだろうが、歩樹の中にはそれで良いと思えるだけの理由があった。

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