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『今日から歩樹の弟だ。名前は楓、仲良くするんだぞ』
七歳の春、突然五歳の弟が家にやって来て、家政婦はいても基本的には一人の時間が多かったから、どういう経緯か分からなかったが歩樹はとても喜んだ。
幼い楓は最初は慣れずにビクビクしながら過ごしていたが、すぐに自分になついてくれて、それが本当に嬉しかったのは今でも良く覚えている。
後になって、楓は父の妹に出来てしまった子供であり、血縁的には自分の従兄弟という関係だと知った時、彼の心の痛みを思って歩樹は静かに涙した。
仲の良い兄弟だったと思う。
少なくとも……歩樹はそう思っていたし、楓も自分を慕っていると勝手に思い込んでいた。
「考え事?」
「いや、ボケッとしてただけ」
声に思考を遮られ、楓の方を仰ぎ見ると、風呂上がりの彼の姿に歩樹は僅かに目を細める。
「風呂、先にありがとう。何か飲み物貰っていい?」
「ああ、冷蔵庫の適当に飲んでいいよ。俺も風呂入ってくる」
「ありがとう。ごゆっくり」
ソファーから立ち上がって楓の横を通った時、自分と同じ石鹸の香りに心拍数が一気に上がった。
(俺は、なにを……)
脱衣所のドアを閉め、胸の辺りを手で抑えると、歩樹は大きく息を吐き出す。
(頭……冷やさないと)
持ち前の冷静さを取り戻さなければと思いながらも、胸の鼓動はシャワーを浴びてもなかなか治まってはくれなかった。
***
有休消化に入っているから、する事といえば引越し準備と新居探しくらいのもので、住むマンションは幾つか目星を付けているから、何事もなく作業が進めば二週間ほどで落ち着ける。
(それにしても)
楓はいつまで自分の部屋に宿泊するつもりだろうか?
この二日間で仕事については結構話をしてきたし、歩樹も大分馴染んできたけれどやはりなんだか落ち着かない。
「そういえば、お前は住む場所は決まったのか?」
午後はジムに行くと言ったらそこにも楓はついてきて、二人で一緒に汗を流して居酒屋へとやって来た。生ビールを喉に流し込みホッと一息ついたところで、歩樹がそう尋ねると、楓は微笑み口を開く。
「あっちから引き上げて来る時に、荷物は全部一旦業者に預かって貰ってる。住む所は一応決まってるから大丈夫だよ」
「そうか、いつ頃入るんだ? なんなら手伝うけど」
「手伝って貰うほどの荷物は無いから平気。時期はまだ決めてないけど、今月中には入る予定だよ」
「俺の手伝いなんかしてないで、帰って自分の準備をした方がいいんじゃないか?」
さりげなく帰す方向へと……話の流れを持っていくと、困ったような表情をされて歩樹は内心ドキリとした。
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