8 / 119

8

「俺がいるの、迷惑?」  整った顔をしていると……改めて歩樹は思う。  歩樹自身も身長は低い方では無かったし、異性からも同性からもモテるほうだと自覚しているが、百八十を超える長身に甘めのマスクをしている彼が、こんな表情で尋ねてくれば、大抵の人間はきっとそうだとは言えない筈だ。 「そんなことは無い。ただ楓の負担になりたくないだけだ」  本当にそれだけ。自分にそう言い聞かせながら真剣な顔で歩樹が告げると、今度は笑顔を向けられて……顔に熱が集まった。 「良かった。負担なんかじゃないよ。五年も会えなかったから、兄さんと一緒に過ごせて嬉しいって思ってる。だから俺に気を使わないで」 「……そういうことなら有難いよ。でも、自分の用事を優先しろよ」  柔らかい笑みを浮かべた楓にそう言葉を返しながら、歩樹の心は言いようのない違和感に囚われる。 (気のせいだ)  おかしなところなんて無いと、自分自身に言い聞かせるけれど……拭い切れない不安な気持ちは時折歩樹を支配する。 「了解。で、明日は何か予定あるの?」 「ああ、ちょっと人と会う用事があるから……楓は適当にやってて」 「誰?」 「誰って、仕事の知り合いだけど」  本当は違うのだけれど、ついて来られては困るので……咄嗟に嘘が口を突いた。 「分かった。適当にやってるよ」 「部屋の物、壊すなよ」  茶化したように歩樹が言うと、「もう子供じゃないんだから」と楓が笑う。  そんな何気ないやり取りに……まるで昔に戻ったような(くすぐ)ったい気分になるが、心の何処かがそれは違うとずっと囁き続けていた。  本当は、明日歩樹は見合いをする。  世話になった上司からの紹介で、断り切れずに受けた話だが、歩樹ももう二十九だし、相手によっては真剣に考えようと思っていた。それを楓に言えずにいるのは気恥ずかしいからもあるけれど、何となく……そうした方が良いと本能が告げてきたから。 (明日、帰ってから言えばいい)  酒が入ったせいもあって、いつもよりも砕けた感じで彼に接することが出来た。誘われるままに梯子(はしご)して、帰宅したのは日付けを跨いだ後だったけれど、習慣通りシャワーを浴びて歩樹はベッドに横たわる。 「ふう……」  酒にはかなり強い方だが久しぶりに沢山飲んで、本当はかなり酔っていた。 「アイツ、強いな」  顔色一つ変えなかった楓の顔を思い出し、歩樹は大きく息を吐くと、閉じた瞼を腕で覆う。 (良かった)  今日は普通に会話が出来た。 (こうやって。すこしずつ)  状況に馴れていけばいい。  そんなことを考えだすが、心地好い酔いと冷たいシーツの感触に、すぐに歩樹の意識は(かす)んで覚束ないものとなる。  今まで眠りが浅かったせいか、この日歩樹は久々に……深い眠りに堕ちていった。

ともだちにシェアしよう!