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「……さん、起きて」
「ん……」
頭が、重い。二日酔いになったのだろうか?
「兄さん」
「う……ん」
頬へと軽く指で触れられ少し意識が浮上するが、上手く体が動いてくれず、とりあえず重たい瞼を開けば楓の顔が真上にあって、今度は一気に覚醒した。
「なっ?」
上手く舌が動かない。
「驚いた? 今日は鍵が掛かってなかったから、入らせて貰ったよ」
落ち着きのある低い声音で彼が放ったその言葉に、歩樹は瞳を大きく見開き楓の顔を凝視する。
「お前……なんで」
念の為、眠る時にはドアへと鍵を掛けていたが、それを相手に知られているとは全く思っていなかった。
「最初の日から分かってた。けど、入ろうって思った日に開いてたのはラッキーだった」
「何を……言ってるんだ?」
意味が全く分からない。状況を把握しようと思ってサッと視線を動かすと、寝衣のままの楓が歩樹の腹を跨ぐように乗っていた。
「頭いいのにそんな事も分からない? 兄さんは、そういうところが坊ちゃんなんだよ。危険だって分かってた筈なのに……根本が甘いんだ」
「なっ」
好青年だと評される彼が、唇の片端だけを器用に吊り上げ笑う姿に、背筋の辺りをヒヤリと寒気が這いあがる。
「アレを……俺が忘れたと思ってた?」
馬鹿にしたように微笑みながら顎へと触れてきた指先を、振り払おうと動かした腕はあっけなく彼に掴まれた。
「離せ」
怯 えを極力悟られないよう歩樹は低い声音で告げるが、首を軽く横に振られて苛立ちに眉根を寄せる。
「お前が……何を言ってるのか分からない。冗談はよせ」
「生憎、冗談じゃないんだ」
「楓っ」
自由になる片手を使って咄嗟に楓の胸倉を掴み、蹴り上げようと足を動かすが、それよりも相手の動きがほんの少しだけ速かった。
「クッ!」
「迷ってるから遅れる。こうやって……首を狙えば良かったのに」
首を片手で抑え込まれて苦しさに喘ぐ歩樹の耳に、余裕ありげな色を含んだ楓の声が響いてくる。
「寝てる間に拘束したから、脚、動かないだろ」
「……うっ」
首から手が離れた途端、自由だった腕も取られてシーツの上へと縫い留められ、歩樹は何度か咳込みながらも楓の顔を睨みつけた。確かに意識を脚に向ければ、足首辺りに違和感がある。
「準備もしないでこんなことするほど……俺は馬鹿じゃない。兄さんが強いのは知ってるからね」
「何の……つもりだ」
勤めていた会社まで辞めて手伝うと言ったのに、こんな暴挙に出るなんて、とてもじゃないが信じられない。〝冗談〟と、言い逃れるのも苦しいような状況だが、嘘臭くてもいいからこの際、適当な理由を付けて上から退いて欲しかった。
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