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 *** 「……さん、起きて」 「ん……」  頭が、重い。二日酔いになったのだろうか? 「兄さん」 「う……ん」  頬へと軽く指で触れられ少し意識が浮上するが、上手く体が動いてくれず、とりあえず重たい瞼を開けば楓の顔が真上にあって、今度は一気に覚醒した。 「なっ?」  上手く舌が動かない。 「驚いた? 今日は鍵が掛かってなかったから、入らせて貰ったよ」  落ち着きのある低い声音で彼が放ったその言葉に、歩樹は瞳を大きく見開き楓の顔を凝視する。 「お前……なんで」  念の為、眠る時にはドアへと鍵を掛けていたが、それを相手に知られているとは全く思っていなかった。 「最初の日から分かってた。けど、入ろうって思った日に開いてたのはラッキーだった」 「何を……言ってるんだ?」  意味が全く分からない。状況を把握しようと思ってサッと視線を動かすと、寝衣のままの楓が歩樹の腹を跨ぐように乗っていた。 「頭いいのにそんな事も分からない? 兄さんは、そういうところが坊ちゃんなんだよ。危険だって分かってた筈なのに……根本が甘いんだ」 「なっ」  好青年だと評される彼が、唇の片端だけを器用に吊り上げ笑う姿に、背筋の辺りをヒヤリと寒気が這いあがる。 「アレを……俺が忘れたと思ってた?」  馬鹿にしたように微笑みながら顎へと触れてきた指先を、振り払おうと動かした腕はあっけなく彼に掴まれた。 「離せ」  (おび)えを極力悟られないよう歩樹は低い声音で告げるが、首を軽く横に振られて苛立ちに眉根を寄せる。 「お前が……何を言ってるのか分からない。冗談はよせ」 「生憎、冗談じゃないんだ」 「楓っ」  自由になる片手を使って咄嗟に楓の胸倉を掴み、蹴り上げようと足を動かすが、それよりも相手の動きがほんの少しだけ速かった。 「クッ!」 「迷ってるから遅れる。こうやって……首を狙えば良かったのに」  首を片手で抑え込まれて苦しさに喘ぐ歩樹の耳に、余裕ありげな色を含んだ楓の声が響いてくる。 「寝てる間に拘束したから、脚、動かないだろ」 「……うっ」  首から手が離れた途端、自由だった腕も取られてシーツの上へと縫い留められ、歩樹は何度か咳込みながらも楓の顔を睨みつけた。確かに意識を脚に向ければ、足首辺りに違和感がある。 「準備もしないでこんなことするほど……俺は馬鹿じゃない。兄さんが強いのは知ってるからね」 「何の……つもりだ」  勤めていた会社まで辞めて手伝うと言ったのに、こんな暴挙に出るなんて、とてもじゃないが信じられない。〝冗談〟と、言い逃れるのも苦しいような状況だが、嘘臭くてもいいからこの際、適当な理由を付けて上から退いて欲しかった。

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