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「今日、ホントは見合いなんだろ?」  至近距離へと顔が近づく。 「……知ってたのか?」 「ああ、父さんから聞いた」 「なら、なんでこんな……間に合わなくなるだろ」  例え体勢が不利だとしても、冷静さだけは失わないよう楓の瞳をまっすぐ見据えて歩樹はそう言い放つ。みっともなく狼狽(うろた)えるなんて、プライドが許さなかった。 「前にも言ったけど、嫌いだからだよ」 「そんな理由でこんなこと、するもんじゃない。嫌いなら、会わなければいいだろう? こんな……子供じみた嫌がらせをするような年じゃない」  本当は、胸が痛くて泣きたいような気持ちになるけれど、表情一つ変えることなく歩樹は彼にそう告げる。 「やってみたけど、それじゃあ収まらなかった。だから、方法を変えることにしたんだ」  それに答える楓の声音もかなり落ち着き払っていて、(らち)があかないと思った歩樹はフゥッと息を吐き出した。 「一体、どうしたいんだ」  過去の彼との記憶から……したい事は想像出来たが、それでも敢えて知らない振りで歩樹は彼にそう尋ねる。こうして話を引き延ばす内、必ず隙が生まれる筈だと考えての行動だったが、鼻で笑う楓の姿に甘かったと思い直した。 「簡単なことだ。アンタが苦しむ顔が見たい」 『どうして?』と言いかけて、歩樹はまた言葉を飲む。あらかた理由は分かっていたし、それを彼の口から聞くのはとてもじゃないが耐えられない。 (それは、どうにもならないことだ)  だから離れた筈なのに、勝手に戻って来た揚句、こんなことをされる謂れは正直言って全くなかった。それに、全てを自分のせいにして、受け身になる必要性も感じない。 「大人なんだ。割り切れよ」  思いがスルリと零れ出た。  すると今度はたちまちの内に楓の顔に朱が差して、その変化に……歩樹の中に安堵にも似た気持ちが滲み出してくる。 「離せ」  表情を引き出せたことで、大分気持ちに余裕ができた。ここで冷静になってくれれば、あとは対処のしようがある。 「兄さんはいつもそうやって、なんでも分かった顔してるけど……甘いよ」 「楓」 「うるさい」  呼び掛けた途端、グゥッと空気が喉を抜けた。  目の前が白くなった拍子に手首を手早く纏められ、側に置いてあったらしい手錠をカシャリと()められる。膝を使って腹を蹴られたと理解できた時にはもう、既に手錠はベッドヘッドに固定されてしまっていた。

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