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「見合いの話、断っておいたから」 「……え?」  だけど、歩樹の読みとは裏腹に、楓は手を上げることなく身体の上から退きながら、そうひと言告げてきた。 「体調を崩したって父さんを通して言って貰った。いつかは行かなきゃ駄目だろうけど、その時ちゃんと断ればいい」 「そんなこと……」 「言ったろ? 男好きな兄さんに結婚する資格なんてない。相手にだって悪いだろ」 「それは違う、男が好きなわけじゃない。ただ……男を好きになる時もあるだけだ」  どちらも恋愛対象だなんて言ったところで理解してくれるはずもないが、出来れば誤解を解きたかった。きっと楓は同性愛を嫌悪するタイプの人間で、それもあるから余計に自分は憎悪されているのだろう。 「へぇ、人間愛って言いたいわけ? ただ節操がないだけだろ」  ベッド脇に立った楓が馬鹿にしたように鼻で笑い、歪んだ顔を瞳に映して歩樹は唇を噛み締めた。  痛めつける為だけに、意志を曲げ、そぐわぬ行為をするほどに彼は自分のことを憎んでいる。そう考えると闇の深さに息が詰まってしまうけれど、それと同時に歩樹の頭に一つの疑問が首を(もた)げた。 (だったらなんで?)  生理的に受けつけなければ勃つなんてこと有りえない。五年前のあの時にしろ、今回にしろ、嫌悪の色を(あら)わにしながら、それでも楓は歩樹の身体を猛った自身で貫いた。 (分からない。でも……痛めつけるという行為が、興奮に繋がったのかもしれない)  尋ねることなど出来やしないからそう理屈を捻り出し、歩樹は小さく息を吐く。頭の中がぼんやりするのは、熱がかなり上がってきているからだろう。 「節操無しか……そうかもしれないな」  楓にそう言葉を返すと、舌打ちの音が聞こえてきた。また気分を害したらしい。 (なにを言っても同じだ)  自分という存在自体がきっと彼を苛立たせる。 「もういい。寝てろ」  また怒りをぶつけられるかと回らぬ頭で考えていたが、どうやら杞憂だったらしい。フワリと布団が掛かると同時に額へと彼の掌が触れ、「結構あるな」と呟く声が何処か遠くから聞こえてきた。  それを優しく感じるのは、今まで受けた仕打ちがあまりに酷い物だったからで、勘違いをしてはいけないと歩樹は自分に言い聞かせる。  瞼がどんどん重くなり、意識がプツリと途切れる寸前、悲しそうな楓の顔が視界に映った気がしたけれど……そんなことは有りえないから、熱に浮かされて見えた幻覚と歩樹は思う事にした。

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