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 本来楓は理知的で、暴力を振るった話は一度も聞いた事がないし、学生時代も沢山の友人に囲まれていたはずだ。 (今からでも、ちゃんと話が出来れば、糸口が見えてくるかもしれない)  冷却期間を置いたのに、(たが)が外れてしまった彼へと自分の言葉が届くかどうかは考えてみても分からないが、どこかでケリをつけなければ、楓も苦しむことになる。 (あの時……終ったと思ったのが間違いだった)  五年前、歩樹は楓に犯された。  そしてそのまま顔も合わせずに彼は海外へ飛び立った。  当時の歩樹はそれで全てが終ったのだと思っていたが、そんなに甘い物じゃなかったと今になって思い知る。 (前だって、分かってるんだろ?)  憎む相手が間違えているということに。 (だから、俺に当たるんだろ?)  それが、直接ぶつかることの出来ない相手だから、やり場の無い感情を……こちらに向けてくるのだろう。 「大丈夫?」 「ん?」 「なかなか上がってこないから、また倒れたんじゃないかと思った。そろそろ出ろよ」  考えに没頭する内、大分時間が過ぎていたらしい。 「ああ、分かった」  ドアの外から掛けられた声に、歩樹は慌てて返事をした。  *** 「病み上がりなんだから、長湯しちゃダメだろ」 「ごめん」  風呂から上がってソファーに座ると飲み物を手渡され、不思議な気持ちに包まれながらも歩樹は謝罪を口にした。あんなことがあったのに、普通に接することができる楓の気持ちが分からない。 「遅いから、兄さんはもう休めよ」 「楓は?」 「俺はこれから風呂に入る。これ、痣になっちゃったな。まだ痛い?」 「……っっ!」  唇の端に指で触れられ反射的に身を竦めると、溜め息を吐いた楓の眉間に僅かながらに皺が寄った。 「もう痛くはない。なあ楓、こんなことはもう止めないか? お前だって分かってるんだろ」 「黙れ」  今なら聞いてくれるのでは? と思った歩樹が切りだした途端、楓は急に声音を変えて言葉を途中で遮ってくる。

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