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「説得しようとしてるなら、無駄だよ。兄さんが言いたいことは分かってるし、そんなことはもう何百回も考えた。また痛い目見たくなかったら余計な口は叩かない方がいい」 「っ」  たちが悪いと思いながらも鋭い視線に射竦んだように声が出せなくなってしまい、それでもどうにか睨み反すと、楓は綺麗に口角を上げて指をこちらに伸ばしてきた。 「そんなに警戒するなよ、逆らわなきゃ優しく抱いてやるからさ」  顎をクイッと持ち上げられ、ほぼ真上から見下される。 「ホントは痛いのが好きって言うなら、抵抗してもいいけど」 「そんなわけっ」 「どうかな? 兄さんは嘘つきだから」  意地の悪い含み笑いに怒りが湧いてくるけれど……ここで真面目に相手をしたら、楓の思うつぼだと考え歩樹は言葉を飲み込んだ。 「……寝る」  彼の手を払い立ち上がりながら一言そう告げ脇を抜けると、今度は手首を捕まれた。 「なに?」 「今日は何もしないから、安心して眠っていいよ」 「なっ」 「おやすみ」  次の瞬間腕は離され、頬にフワリと唇が触れる。 「っ!」  突然の彼の行動に……歩樹は瞳を見開いたけれど、当の本人は悪びれもせずに背中を向けて浴室へ消えた。 (いったい、なんなんだ)  憎まれ口を叩きながらも、自分を優しく扱う楓の真意がまるで読み取れない。 (俺を……どうしたいんだ)  キスされた頬に触れながら、答えを導き出そうとするが、どう折り合いをつければ良いのか答えは浮かんでこなかった。  ただ、楓が自分を嫌う理由は分かっている。 (とりあえず寝よう。いつまでもここにいたらまずい)  彼が風呂から上がる前に形だけでも寝ておかなければならないと……思考が更に混乱する前に歩樹は頭を切り替えて、寝室へと移動した。  こんな精神状態のなかで眠れるはずがないと思ったが、予想に反してベッドに横たわった途端、急に睡魔に襲われて。 「ん……」  眠りに落ちてゆく寸前、ドアが開いたような気がしたが、確かめることも出来ないままに歩樹は深い闇の中へと落ちるように意識を閉じた。 『歩樹の弟よ。名前は佑樹(ゆうき)、可愛がってあげてね』  十二歳の時だった。家にほとんど居たことのない母親が……突然乳児を連れてくるまで、妊娠していることにすら歩樹は気づいていなかった。  横に座る楓の方には視線さえ向けることもなく、綺麗に微笑む彼女の姿に強い違和感を覚えたけれど、それが何故かを悟るのは……数年先のこととなる。

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