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「舌、出せよ」
至近距離で視線が絡む。震えは酷くなる一方で、歯がカチカチと鳴る音が空気を小さく震わせた。そんな自分が情けないけれど、止める術も持っていないから頭をまた横に振る。
「そんなに怖い?」
感情を伺わせない、淡々とした口調と表情に潜んだ狂気が見えるから……どう答えればいいのか分からず歩樹は視線を彼から逸らした。また舌打ちの音がする。
(ああ、また……か)
怒らせてしまったらしい。この数日で植え付けられた恐怖に胃がギュウッと痛み、襲った吐き気を我慢していると、楓は何を考えたのか顎を掴んだ指を離し、歩樹の体を抱き締める。
「っ!」
「そんなに怖がるなよ、兄さんらしくない。もう痛くしないから」
「なっ、うぅっ」
思わぬ言葉と行動に……息を詰めて身を固くすると、背中の腕へと力がり、楓の胸に顔を埋めるような体勢にされてしまう。
「兄さんって、こんなに……」
囁くような低い声音がどんな言葉を紡いだのかは最後まで聞こえなかった。
だけど、背中をさするその掌が行為に反して優しいから、警戒する心を無視して強張りが徐々に解けてしまう。
(これはきっと、マインドコントロール……だ)
まさか自分がされるなんて考えた事もなかったが、暴力と労りの間で少しずつ、
〝自分が悪い〟
〝他に方法が無い〟
などと思い始めてしまっているのがいい証拠だと分析する。
楓がそれを狙っているなら、現状では成功していると言えるだろう。けれど、そんなことをしてまで楓は最終的にどうしたいのか? それが全く見えてこないから、もしかしたら全然違っているのではないかと思えてしまう。
「お前は……織間の家を潰したいのか?」
思わず口をついた問いかけに、楓の体がピクリと動いた。
「さあ、どうかな」
また余計なことを言ったせいで怒らせるかと思ったが、意外に普通に返答されて歩樹は内心安堵する。
「兄さんは、どうされるのが一番嫌?」
「……どういう、意味だ」
「そのまんまだよ」
「それは……っ!」
『兄さんが一番嫌がることをする』と、暗にそう言っているのかと聞き返そう顔を上げるが、言葉は口から出る前に、唇によって封じられた。
「んぅっ!」
突然の、喰らいつくような激しいキスに体の芯がクラクラする。
下唇に歯を立てられ、舌でそこを舐められる内、自然と開いてしまった口へと素早く舌が割り入って、縮こまっている歩樹のそれを絡め取るような淫靡な動きに、初心 な訳ではないはずなのに、首の後ろがゾクゾクした。
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