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『お兄ちゃん』
初めてそう呼んだ日のことを今でも良く覚えている。緊張して掠れた声は、とても小さなものだったけれど、少し前を歩く歩樹は聞き逃さないで応えてくれた。
振り向いた時の驚いた顔。
それから直ぐに見せた笑顔。
あの時の昂揚感を楓は一生忘れないだろう。
(こんなに……小さかったか)
まだ幼かった楓の身体を、包み込むように抱き締めてくれた歩樹を大きく感じていた。だけどここにきて……彼の身体の頼りなさに、内心かなり戸惑っている。
「俺が、でかくなっただけ……か」
ベッドの上へと横たわっている生気のない歩樹の髪を、指で梳くように弄びながら楓はポツリと呟いた。歩樹の身長は百七十を有に越えている。細身ではあるが筋肉もしっかりついており、もしも本気で抗ったなら抱くのは難しかっただろう。
(それだけ……大切ってことか)
佑樹の名前を出しさえすれば逆らえないと考えただけで、実際どうこうしようなんて微塵も思っていなかった。大体、本来男を抱く趣味はないし、あったとしても佑樹は範疇 に入らない。
(アイツは、〝弟〟だ)
歩樹ほどではないけれど、楓も佑樹の成長をずっと一緒に見てきたのだから、彼を大切に思う気持ちも当たり前に持っていた。
「……嫌いだ」
頭から指を移動させ、布団を捲れば何も着ていない歩樹の肌が露になる。引っ越しもあるしそろそろ実家に顔を出さないといけないから、最近顔を打つのだけは自重していた楓だが、その分見えない身体の随所に幾つもの痣がついていた。
「んぅ……」
一際目立つ肩口の歯型にそっと指を這わせると、眉間に皺を寄せた歩樹が擽ったいのか僅かに身じろぐ。
「……っ」
その姿に……このまま再び挑みたいという欲情を抱いた楓だが、一瞬の逡巡の後、そっと布団を掛けなおした。労っている訳ではない。今倒れられでもしたら、自分が後々困るからだ。
「ったく……なんで兄さんは……」
心の中で渦巻いている様々な気持ちを抑えるように、楓は拳を握り締めると、ベッドへと乗り上げる。背後に回って横たわり、布団を捲って入り込むと、寒かったのかブルリと震えた身体を両腕で包み込んだ。
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