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「歩樹さん、バスルームにある箱は解いちゃっても構わない?」
「ああ、ちょっと待って、今場所言うから」
寝室の隣にある書斎で荷解きしていた歩樹は、亮の声に一旦手を止めバスルームへと移動した。
「タオル類はここに、小物はここの引き出しに適当に入れてくれればいいから」
「了解」
笑顔で答えて動きはじめる亮の肩をポンと叩き、「ありがとう」と声を掛けてからまた元の部屋へと戻る。
新しく買った住居は川沿いに建つ新築マンションで、勤務時間が不規則な歩樹が玄関を入ってすぐの部屋を寝室にすることとなり、そこからドアで繋がっている小さめの部屋は書斎に充てることにした。
リビングルームをくの字に挟んで反対側も同じ造りだから、リビングを挟んで互いの部屋が向かい合うような形となる。
(さて……と)
机と本棚は置いてあるから、専門書や必要な物を並べていけばすぐに済む。衣類などは業者が全て片付けてくれたから、夕飯までには終わりそうだと思って歩樹は息を吐いた。
今、楓は佑樹と連れ立ち消耗品を買いに行ってる。
行ってくると言われた時は、何かされやしないだろうかと不安が頭を掠めたが、流石にそれは無いだろうと笑みを作って送り出した。
(早い内に、この状況をなんとかしないと)
更におかしな事になる前に策を講じなければならない……と、手早く作業を進めながらも取り留めもなく考えていたが、最後に残った段ボールを開け中身に視線を落とした時、久し振りに目にしたそれに暫しの間手を止めた。
「これは……」
入っていたのは絵の具一式と数冊のスケッチブック。数ヶ月前まで一緒に暮らしていた青年の、残して行ったそれらを見て、歩樹はまた溜め息を吐くと腕を伸ばして指で触れる。
(懐かしいな)
いつか出会う機会があったなら、返そうと思っていたが、そんな機会はもう無いだろうとなんとなく悟っていた。
彼の家は知っているけれど自分という存在は、彼の恋人にとってみれば目障りでしかないだろうから、浅はかな行動は控えなければならないだろう。
(貴司、君は今……)
ちゃんと幸せでいるのだろうか? 二人で一緒に過ごした日々は、恋人にこそなれなかったが穏やかなものだった。まさか、そんなに遠くない未来にこんな状態になるなんて……考えもしなかったから、歩樹は当時を思い出して感傷的な気分になる。
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