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「言い掛かり……ね」  馬鹿にしたように鼻で笑われ、苛立ちを覚えたけれど、言い合っている場合じゃないとその感情に蓋をする。 「お前、俺を呼びに来たんだろ? 行かないなら先に行くぞ」  話を切って立ち上がり、歩樹は直接リビングに続く方のドアへと歩み寄った。ノブに手を掛け意識を向けると後ろをついて来た気配がする。そして。 「ここにもドアがあるのって、便利だよな」  歩樹がドアを開けた途端、笑みを浮かべて普通に話しかけてくるから、質の悪さに眩暈がした。  *** 「あの定食屋、まだあったんだな」  結局、細々とした片付けが終わった頃には夜になっていて、食材も無かったため、夕食は外へ食べに出た。実家に近い店だったから佑樹や亮とはそのまま別れ、マンションへ帰る道のりを楓と歩樹は歩いている。 「変わってなくて懐かしかったろ」 「ああ、またあそこのソースカツ丼が食べれるとは思わなかった。ありがとう」  満足そうな楓の返事に含む所はなさそうだ。こんな風にうがった見方をしてしまうのは寂しいが、今までのことを思い起こせば、どうしてもつい身構えてしまう。 「よく行ったもんな。お前いつも、ソースカツかオムライス食べてたよな」 「そういう兄さんは、ハンバーグが意外に好きだろ」 「満遍(まんべん)なく食べてたつもりだったんだけど、良く分かったな」 「そりゃあ……ね」  ククッと笑う楓の姿に肩の力が少し抜け、久々にする普通の会話がなるべく続くようにと願う。例え仮初(かりそ)めだったとしても、一方的に嬲られるよりはずっとマシだと思うから。 「仕事、お前も四月二日からだっけ?」 「ん? ああ、一緒だよ。何だかんだでもう一週間切っちゃったな……あ、学校見えてきた」  いつの間にか市の中心に架かる橋へと二人は差し掛かり、ちょうど渡り切った場所に建つ校舎が視界に入ってきた。 「懐かしいな」  自然に笑みを浮かべて告げると隣で頷く気配がする。卒業してから歩いて渡ったことなど一度もなかったから、ある種の懐かしさに包まれて歩樹は足を一旦止めた。 「兄さん、どうした?」  怪訝そうな顔をした楓が振り返る。 「いや、色々思い出して」 「色々って、高校の時のこと?」 「まあ……そんなとこだ」  過ぎ去った時間について、〝あの頃に戻りたい〟だなんて思いたくはないけれど、〝今の自分ならもっとやりようがあったかもしれない〟などと、ついつい考え始めてしまう。

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