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(もう、戻れはしないんだから)  昔のようには戻れないのに、小さな希望を捨て切れなかった。それが間違いだったのだ。 「どうして……」 『こんな風になってしまったのか?』なんて、今言ってみても仕方がない。  小さく漏れてしまった声も暗闇の中に立ち消えて……二人は人気のない道のりを、何も言わずに歩き続けた。  だから、楓の無言が了承なのだと歩樹は思い込んでしまい……それが甘い考えだったとすぐに思い知ることになる。  *** 「っ! ……楓っ?」  玄関のドアが閉まった途端、異変を察知する(いとま)もなく、後ろから頭を掴まれ視界がグルリと回転した。 「いっ……なにするっ」 「うるさい。黙れ」  鈍い音が頭に響き、足を掛かけられて倒されたのだとようやく歩樹は理解する。  俯せになった状態で、頭を強く押されているから、楓の顔は見えないけれど、怒気は明確に感じられた。 「ここから出ていくだって? 俺から逃げて、どっかで幸せな家庭でも作るつもり? それとも、貴司って奴のところに行くのか?」 「違うっ、そんなつもりじゃ……」  なぜ貴司の名を知っているのかと疑問が頭を掠めるけれど、そんなことを口に出したら更に彼を煽ってしまう。 「俺は、楓に……幸せになって欲しいだけだ」  本当にそれだけなのだと歩樹は必死に伝えるが、嘲笑(あざわら)うような声が聞こえ、気持ちが届かぬもどかしさに唇をきつく噛み締めた。 「幸せってなんだよ……兄さんに、俺の幸せが何なのかなんて分かるのか?」 「痛っ、止めろっ」  髪を引かれて痛みに喘ぐが、構わず楓は歩き出し……歩樹は半ば引きずられるように、廊下からリビングへとそのまま連れて行かれてしまう。 「離……んぅっ!」  ソファーに顔を押し付けられ、声は布地へと吸い込まれた。それでもどうにか起き上がろうと腕に力を込めた途端、左の腕を捻り上げられて背中に乗り上げられてしまう。 「分かってるだろ。力の勝負じゃ俺にはもう敵わないって」 「くぅっ」  肩が外れてしまいそうなほどに強い力で捻られて、苦悶に呻いた歩樹だったが、なんとかそこから逃れようとして右手をついて体を捻った。

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