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 だから――。 「兄さん、分からなくなっちゃった?」と、(いつく)しむように頬へと触れた掌や、「かわいい」などと囁きながら、額へと触れた柔らかさが、現実なのかは曖昧で。 (でも、こんなのは、夢だ)  楓が自分に優しくなんて、する筈がないし有りえない。 (あんなこと、言わせるくらい、楓は俺を……)  朦朧と、達くことばかりを考えてはいたけれど、先刻の事は覚えているし、分からなくなんてなっていない。  歩樹の気持ちを知っている癖に、『好き』だと何度も言わせ続けた。それが、罰なのだというのなら……歩樹にとってこれほど酷なことはない。 (いっそ、全部夢ならいいのに)  頭と身体がバラバラで、自分の心が良く分からない。心に入った小さな亀裂がどんどん大きな物となり、いつもの自分は絶対にしない現実逃避へ思考がどんどん傾いていく。 (目が覚めたら、これは夢で……楓はただの弟で、俺は、俺は……) 「あっ……あぁっ」  途中、身体が大きく揺さぶられ、聞きたくもない自分の喘ぎがどこか遠くで響くけれど、聞こえないフリをすることにして、意識をプツリと闇へ落とした。  もう今は、何も考えたくなかった。  ***  いつの頃からだっただろう?  最初は思春期特有の、バランスの変化からくる勘違いの一種だと、自分なりに分析していた。  いつも自分の後ろをついてくる二つ違いの弟が、可愛くて、愛しくて、いつも側に居てやりたくて……だけど、それは兄弟愛の範疇でいつか薄らぐと思っていた。  それなのに、想いはどんどん重さを増し、それが欲情と悟った時、歩樹の中の選択肢は自然と一つに絞られて、高校への入学を機に楓と距離を置くこととなる。 「兄さん、こんな所で寝てたら風邪ひいちゃうよ」  記憶より少し高い声。身体を揺さぶられ瞼を開ければ心配そうに自分を見下ろす楓の姿がそこにあり、歩樹は軽く頭を振ってから笑みを浮かべて口を開く。 「ああ、うたた寝してたみたいだ。今何時?」 「九時。ほら、映画始まる」 「あ、ホントだ。起こしてくれてありがとな。お前も座れよ」  指で示されテレビを見ると、丁度映画が始まるところで、ソファーから身体を起こした歩樹は楓に隣へ座れと促した。

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