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「用があるんだろ? なにがあった」
いつもの調子で問い掛けるけれど、彼はそれには答えない。
楓がドアを開けた時、セックスの最中だった歩樹はかなり驚いたが、動揺を表に出さずに恋人からペニスを抜くと、泣きそうになっていた彼を落ち着かせてから家へ帰した。
その間、こんな現場を見てしまってもリビングで待つくらいだから、きっと話があったのだろうと思って歩樹は楓に尋ねる。
「なあ楓……」
「気持ち悪い。相手、男とか、有りえない」
「楓にはまだ分からないかも知れない。理解しろとは言わないけど、恋愛には色んな形があるんだ」
「男に欲情するんだ。俺にもしたりする訳?」
「するわけない。男女の兄妹で考えてみれば分かるだろ?」
心の中の動揺を、見透かされてはいないだろうか? 平静を装ったまま歩樹が楓にそう告げると、途端に顔を歪めた彼は勢い良く立ち上がった。
「男同士なんて、汚いよっ! あんなこと、出来るなんて……気持ち悪い!」
そのままこちらを見向きもしないで部屋を出て行った後ろ姿に、歩樹の心はジクジクとした鈍い痛みに苛まれる。
「気持ち悪い……か」
嫌悪感を露にした楓の顔を思い出し、歩樹は深く息を吐くとこめかみを押さえ俯いた。
(まあ、普通の反応だろう)
楓も同じ男子校の中等部にいるけれど、ほとんどの生徒と同じくノーマルな価値観を持っていたというだけだ。
「……キツイな」
過剰な楓の反応は、男同士を生理的に受けつけないという意味か、兄弟だからショックだったのか、あるいはその両方か。
どちらにせよ、今後はもっと慎重にしなければならないだろう。
(そうすれば、そのうち……)
もう少し成長すれば修復できると思った歩樹は、少しの距離を保ちながらも極力普通に楓に接した。
いつも無視を決め込む楓に、当時健在だった祖母は、「きっと反抗期ね。父親みたいに思ってるのよ」と笑顔を向けてくれたけれど、見ても貰えぬ状況に心は徐々に疲弊して。
(だから遅れた)
思えば楓が部屋に来た時、汚いと詰 られようとも引き留めて、彼に話を聞くべきだった。それを相談する為に、きっと楓は来たのだから。
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