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楓に無視される日々が続き、精神的にもかなり参ってしまっていた頃。
三日月の夜。
たまたま夜中に目が覚めてしまい寝つけそうにもなかったから、外の空気でも吸ってこようと庭を歩くことにした。
庭は広く作られていて、四季折々の植木に加え、奥の方には池まである。
久々に、池でも見ようと砂利を踏み鳴らし歩いていると、誰もいない客間の方から呻くような声が聞こえ、訝しく思った歩樹はそこで一旦足を止めた。
「なんだ?」
(こんな夜中になんだろう?)
苦しそうなその声に、思わず歩樹は足を向ける。祖母からは何も聞いてはいないが、客人が泊まっていて、気分でも悪くしているのならば人を呼ばねばならないだろう。
そう判断した歩樹が急いで客間と母屋を繋ぐ渡り廊下あたりまで歩を進めると、漏れていた声がピタリと止み、中でガサゴソと音がした。
呻きは止まったみたいだが、一応声を掛けておこうと思った歩樹が動いた時、突然襖がスッと開いて、隠れることも出来ないままに歩樹はそこへと立ち尽くす。
「あっ」
驚いたような小さな声は、自分が発したものではなく、中から出て来た楓の口から零れたもので。
「かえ……お前」
様子が凄く変だった。
見上げて来たその表情は、潤んだ瞳や赤らんだ顔になんとも言えない艶があり、思わず唾を飲んだところで彼の背後から声がする。
「明日また、来なさいよ」
聞き覚えのある女の声に楓の肩がビクリと跳ね、あからさまに視線を逸らすと、驚き固まる歩樹の身体を跳ね退けるように走り去った。
「あっ、楓……」
「……誰がいるの?」
「っ!」
追うか迷った歩樹の耳へと酔ったような女の声が部屋の中から聞こえてくる。
(まさか)
家に帰って来ているなんて、誰も話していなかった。
「あら、歩樹じゃない。久しぶりね」
「……母さん」
フラフラとした足取りで、目の前まで歩み寄って来た母の姿を瞳に映し、歩樹は言葉を失った。
素肌に浴衣を羽織っただけで、前が開 けていたからだ。それに酷く酔っているようで、アルコールの臭いがする。
「いい男になったわねぇ」
「お久しぶりです。顔色が悪いようですが、大丈夫ですか? 休んだ方がいい」
密着するように身体を擦り寄せられ、逃げたい気持ちでいっぱいになるが、なんとか言葉を選び出して歩樹はそう彼女に告げた。
本当は、楓がなぜここに居たのかを聞きたいが、嫌悪感のほうががそれを上回る。
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