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「じゃあ……布団まで肩貸して」
「はい」
甘えるようにしな垂れかかる母を腕で支えながら、こみ上げてくる気持ち悪さに胃の奥の方が痛みだした。
(まさか、そんな筈……)
部屋に満ちる汚れた空気と乱れた布団、それから推測出来る行為は歩樹の中に一つしかない。
「母さん……なんで?」
「なにが? ああ、楓のことなら向こうから誘って来たのよ。だから、黙っててあげてね」
「……」
抽象的な質問に対してすぐに答えた母親に、直感的に嘘だと思ったが、問い詰めることもできない歩樹は仕方なく頷いた。
なによりとても混乱していて思考が上手く回らなかった。
母の印象が随分変わってしまったことや、理由はどうあれ彼女と楓がセックスをしていたことを、頭が許容してくれない。
「でも、俺は良くないと思います」
「いいのよ。合意なんだから」
年を全く感じさせない綺麗な顔が奇妙に歪み、そんな表情を見たていたくなくて歩樹は思わず視線を逸らした。
「じゃあ、戻ります」
なるべく彼女を見ないように、素早く布団を被せた歩樹はそそくさと立ち上がる。そのまま急いで部屋を出ようと足を踏み出したその途端、足首辺りをギュッと掴まれて背筋を冷たいものが走った。
「いいわね、歩樹……内緒よ」
「……はい」
ならば何故、自分を部屋に招き入れたのか?
情事の痕を見せるような真似をしたのか?
疑問ばかりが頭を廻るが、なにも言葉にはできなくて……部屋を出た後、歩樹は走って自分の部屋へと駆け込んだ。
「……なんで?」
玄関へと入ったところで頭を抱えて蹲 る。母親と話をしたのはどれくらいぶりだろう?
祖母もいたから淋しいとまでは思わず過ごしてきたけれど、母親が恋しい時期も確かにあった歩樹だから、先程見た彼女の姿にかなり衝撃を受けていた。
(佑樹は……アイツは)
表面にこそ出さないけれど、末弟はまだまだ母を恋しく思う年頃だ。
歩樹に良く懐いている佑樹が言って来ないということは、きっと彼女が家に居るのを彼はまだ知らないのだ。
(じゃあ、なんで楓は?)
それを知っていたのだろう? そもそも、いつから母はこの家へと帰ってきていたのだろう?
(解らない。解らないけど)
母親が、今まで楓と話しているのを見たことがないし、どちらかと言えば彼女は楓に冷たかったと記憶している。それに――。
(本当に……合意なのか?)
全ての点が上手く繋がらず、歩樹は奥歯を噛み締めた。できれば今すぐ楓に会って、彼の真意を問い質したいが、何をどう聞けば良いのか歩樹には分からない。
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