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「だって、なにを聞いたって……」  事実だけは変えられない。義弟が母とセックスしたという現実は、どんな理由があるにしろ消し去ることは不可能だ。 「……畜生」  髪をグシャグシャと掻きむしってから歩樹はそこから立ち上がり、靴を脱ぎ捨て転がるようにベッドの中へと潜り込む。 「どうしろっていうんだっ」  モヤモヤとした得体の知れない憤りを追いやりたくて、暗闇の中で目を閉じたけれど頭は思考を止めてくれない。 (冷静に……ちゃんと考えるんだ)  もう少し大人であれば違うのかもしれないけれど、本能に近い部分が彼女を悪者にしたくはないと心に訴え掛けてくる。  接点なんてほとんど無いのに、それでも心の深い場所では唯一の母親なのだ。  だけどこれは、倫理的にも放置できない問題で、早いうちに対処しなければ更に酷いことになる。 (でも、だけど……楓は?)  すれ違った瞬間に見た泣きそうに歪んだ表情が、瞼の裏に浮かんできて歩樹は指を握り締めた。  もし父親に知られた場合、合意じゃなければ母が悪くなり、合意であれば楓が居場所を失う可能性が高い。否、合意じゃない場合だってそれを父親が信じるかどうか分からない。 (どっちにしても、楓が……)  父親とは、会えば話しをするけれど、仕事一辺倒(いっぺんとう)な人だから接点自体が乏し過ぎて、知られた場合どうなるのを予想するのは困難だった。  判断を誤れば最悪な結果になってしまうだろう。この場合の最も良い結末は、誰にも知られないうちに、二人が行為を止めることだ。 (でも、どうやって?) 『明日も来なさい』と母は楓に告げていた。『内緒』だと自分に言った。  やはり、主導権は母にあるのだという結論に至った歩樹は、こんなことは止めるように、もう一度彼女へ告げるのが最善だと考える。  この時の歩樹といえば、自分の行為が発端とはいえ、避けられ続けている現状から臆病になってしまっていて……無意識の内に楓へ声を掛けることから逃げていた。  もし、二人きりで話しをして言い争いになった時、冷静さを無くした自分の気持ちが零れる可能性に、心の底から怯えていたから。

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